第9章 国際政治の動向と課題

スーダン

スーダン

スーダンとはどのような国か

スーダンはアフリカ北東部に位置する国で、ナイル川上流域を占める。冷戦終結後の世界でも内戦・分離独立・クーデターが続き、国連平和維持活動や人道支援の主要な対象地域となってきた国である。

地理と民族宗教構成

スーダンはエジプトの南、紅海に面し、アラブ系ムスリムが多数を占める北部と、キリスト教徒や伝統宗教を信仰する黒人系住民が多い南部から成っていた。この南北の民族・宗教・経済格差が長期の内戦の背景となった。

植民地期から独立へ

スーダンは19世紀末からイギリス・エジプトの共同統治下に置かれ、1956年に独立した。独立後すぐに第一次スーダン内戦が勃発し、和平と戦闘を繰り返しながら今日に至っている。

スーダン内戦はどのように展開したか

独立以来、北部主導の政府と南部・西部の住民との間で複数の内戦が発生した。資源配分と民族・宗教間の対立が複雑に絡み、冷戦終結後は国際社会の主要な関心地域となった。

第二次スーダン内戦

1983年、北部のイスラム法導入方針への反発から第二次内戦が始まり、2005年まで続いた。200万人以上が死亡し、400万人以上が避難民となった。2005年の包括和平合意によって南部自治が認められ、2011年の住民投票を経て南スーダンが分離独立した。

ダルフール紛争

2003年からは西部ダルフールで政府側のジャンジャウィード民兵による黒人系住民の大量殺害が起こった。30万人以上の死者と250万人以上の避難民を生み、国際刑事裁判所はバシル大統領にジェノサイド容疑で逮捕状を出した。

国連はスーダンにどのように関与したか

国連は北部・南部・ダルフールそれぞれに大規模な平和維持活動を展開し、国連アフリカ連合合同ダルフール派遣団(UNAMID)は2007年から2020年にかけて実施された。日本も自衛隊を南スーダンPKO(UNMISS)に派遣した。

南スーダン独立とその後

2011年に南スーダンが独立し、国連加盟193番目の国家となった。しかし独立後も政府内の権力闘争から新たな内戦が発生し、数百万人が避難を余儀なくされた。独立が平和に直結しないことを示す事例となった。

2023年以降の軍事衝突

2019年のバシル政権崩壊後、暫定政府のもとで民政移管が模索されたが、2023年4月に正規軍と準軍事組織RSFの武力衝突が首都ハルツームで勃発した。国連は大規模な人道危機と警告し、再び国際社会の最大級の紛争地となった。

スーダンは冷戦後の国際政治に何を示すか

スーダンの歩みは、冷戦終結後の世界が抱える民族紛争、資源配分、国家形成、人道危機という課題を凝縮した事例である。保護する責任論や国際刑事司法の限界も鋭く問われている。

国際刑事司法との関係

国際刑事裁判所がダルフール紛争をめぐりバシル大統領に逮捕状を出したことは、現職国家元首に対する訴追の先例となった。しかし各国の非協力によって身柄拘束は実現せず、国際刑事司法の執行力の限界も露呈した。

日本との関わり

日本は南スーダンPKOに自衛隊施設部隊を派遣し、道路整備などの後方支援を行った。駆け付け警護をめぐる議論はPKO参加五原則と安保関連法の関係を問い直す契機となり、日本の国際貢献の在り方にも影響を与えた。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23