第9章 国際政治の動向と課題

全欧安全保障協力会議(CSCE)

全欧安全保障協力会議(CSCE)

全欧安全保障協力会議とは何か

全欧安全保障協力会議(CSCE)は、1970年代のデタント期にヨーロッパの東西両陣営とアメリカ、カナダが参加して安全保障と人権、経済協力を話し合った多国間枠組みである。冷戦期の対立を緩和し、冷戦終結後の欧州安全保障協力機構(OSCE)へ発展した。

参加国と規模

CSCEには北大西洋条約機構(NATO)加盟国、ワルシャワ条約機構加盟国、ヨーロッパの中立・非同盟国、加えて米国とカナダを含む35か国が当初参加した。東西両陣営を横断する広範な会議体であったことが特徴である。

会議の性格

CSCEは条約機構ではなく政治協議のフォーラムとして出発した。軍事同盟でも経済共同体でもなく、信頼醸成と対話を通じて安全保障を追求する点で冷戦期の国際制度として特異な位置を占めた。

CSCEはどのように成立したか

CSCEの設立は1960年代後半からのソ連側の提案を起点とし、米欧側の人権要求と組み合わされて実現した。デタント外交の到達点であり、70年代国際政治の基本的成果の一つとなった。

ヘルシンキ宣言の採択

1975年、フィンランドのヘルシンキで開催された首脳会議でヘルシンキ宣言(最終議定書)が採択された。主権尊重、武力不行使、国境不可侵、内政不干渉、人権尊重など10原則が示され、東西関係の基本ルールとなった。

三つのバスケット

宣言は①安全保障に関する事項、②経済・科学・環境協力、③人道・文化的協力の三本柱で構成された。とくに第三の人権・人道領域は、後にソ連・東欧の人権運動や体制変動に影響を与えた。

CSCEは冷戦終結にどう結びついたか

CSCEは1980年代後半のゴルバチョフ新思考外交と結びつき、冷戦終結の制度的舞台となった。軍備管理や信頼醸成措置を積み重ね、武力対決以外の安全保障の可能性を実証した。

パリ憲章の採択

1990年11月のCSCEパリ首脳会議で採択されたパリ憲章は、ヨーロッパにおける冷戦終結と自由民主主義・市場経済の勝利を宣言した文書である。ここで東西分断の終わりが公式に確認された。

常設機関の整備

パリ憲章以降、CSCEは常設機関を整備し始め、1995年1月1日にOSCEへ名称変更された。これにより会議体から常設国際機構への転換が完了し、加盟国は現在57か国に拡大している。

CSCEが示した安全保障観とは何か

CSCEは、軍事同盟の枠を超えた包括的安全保障という考え方を打ち出した。軍事、経済、人権を一体のものとして扱う視点は、現代の国際安全保障論の基礎となっている。

包括的安全保障の概念

軍備管理のみでなく、経済協力や人権尊重も安全保障の構成要素とみなすのがCSCEの基本思想である。国家間関係の安定は国民の福祉や自由と切り離せないという考え方は、国連やEUの安全保障政策にも取り入れられた。

日本との関わり

日本はCSCE/OSCEの協力パートナー国として1992年から参加している。地域機構のモデルとしてアジアの安全保障枠組み構築の議論にも影響を与え、日本外交の多国間協力の参考とされてきた。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23