第10章 国際経済の動向と課題

45_国際経済体制の変化

要点解説 資料集

大不況と第二次世界大戦

国際経済体制の変化によって、どのように第二次世界大戦は引き起こされたのか?

 1930年代:大不況により、資本主義列強がを廃止

  ※

  宗主国と植民地・自治領などとの間でだけ自由貿易を行う化を進める

   自国の輸出拡大のための為替切り下げ競争

   他のブロックからの輸入を制限

    →世界貿易はさらに縮小し、不況が深刻化

   各ブロック内では資源が不足し、販売市場にも制限があった

    →列強間で植民地をめぐる争いが起き、第二次世界大戦に突入


IMF・GATT体制

戦後に形成された国際経済秩序とは、どのようなものだったのだろうか?

 戦後:自由貿易を基本とした国際経済秩序の形成

  

   の安定化と自由化を図る

    を第条に定めている

     1964年:日本はをしてもよいIMF14条国から、制限ができないIMF8条国に移行

    先進国の原則()を第条に定めている

  

   の引き下げや輸入数量制限の撤廃によるをめざす

  1944年:

   IMFが戦後復興と開発のために長期資金を貸与するが設立

    とも呼ばれ、補助機関にはがある

    いわゆる「」の成立

  1947年:の締結

   いわゆるの成立

 IMFの理念

  為替制限を撤廃して多国間の支払い制度を確立

  国際収支の不均衡を調整

   →赤字国には一時的に短期資金を供給

  国際経済のと定める

   金1オンス=35ドルとし、各通貨はこのドルとの交換比率の変動を1%以内に抑えることとする

    =

     e.g.日本円:1ドル=360円


 GATTの理念

  を理念とし、を推進

  輸入禁止や数量制限を関税に置き換える

   を撤廃する一方で、輸入品に対するの設定によるを認める

    =

     e.g.日本ではに適用される

  自由の原則

   によってをめざす

    ※緊急輸入制限を行うなどの例外措置も多かった

  無差別の原則

   :有利な貿易条件は全加盟国に対等に与えられる

  多角の原則

   貿易上の問題はによって解決する

  1995年に通商紛争の処理機能が強化されたに発展

   :輸入品と国内品とを区別せず、税金や法令上の優遇を輸入品にも認める

   による対抗

    輸出品が国内向け販売の価格よりも安く行われた場合、関税を高くして対抗する

     →そのルールの適切性が議論されている

 

  加盟国の経済の安定成長と貿易拡大を図る

  発展途上国への援助とその調整をめざす

   ~「先進国クラブ」とも呼ばれる

 GATTの三原則

自由
・関税の引き下げ・撤廃
・関税によらない貿易制限(非関税障壁)の除去
※国際収支が赤字に陥った場合と国内産業保護のため、例外的に貿易の数量制限を行うことができる
多角
・関税・非関税障壁の交渉は、当事国間ではなく、ラウンドと呼ばれる多国間交渉を原則とする
無差別

 特定の国に与えた最も有利な貿易条件を、全GATT加盟国に与える

 輸入品への国内税や規制は、国産品に対する処遇と同等にする



IMF体制の動揺

IMF体制はどのように動揺して見直されたのだろうか?

 IMF体制の前提条件:アメリカ経済の安定とドルに対する信用

  アメリカの国際収支の赤字が恒常化

   →1960年代:ドル価値に対する信頼の揺らぎ

    西欧諸国や日本の経済復興によるアメリカのの減少

    アメリカ企業の化によるの増加

    西側諸国の拡大を図る軍事援助の拡大

    ベトナム戦争に端を発するの発生による輸出の低迷

    各国はドルの金への交換を要求し、アメリカから金が流出(

     →1969年:金・ドルに代わる第3の通貨としてを創設

 の停止(1971年8月)

  日本や西ドイツの経済的台頭、によるアメリカの対外軍事支出の増加など

  同年12月にはが締結

   金価格に対するドルの切り下げや円など各国通貨の対ドル切り上げなどの調整

    ⇔ドル価値の下落は止まらず、1973年に各国がに移行

     1976年:変動為替相場制が承認され、の役割を拡大

      ※:国際収支が赤字で国際決済に使用する外貨不足に陥った場合に

          黒字国から外貨を引き出す権利

      →の成立

       1976年にで事後的に追認

 移行後

  為替相場の変動を利用して利益を得ようとするな取引が増える



 移行後

  為替相場の変動を利用して利益を得ようとするな取引が増える

  1973年以降:

   ある程度の為替誘導を主要国で話し合い外国為替市場にを行う

  1985年9月:

   は日米貿易摩擦解決のために外国為替市場に

   是正=誘導、是正=誘導の実施を決定

  1987年2月:

   による過剰な円高を防ぐために、を決定

  

   主要先進国が世界経済の安定化を図る

    →為替レートの調整や協調介入、金利調整などを話し合う

 

  1975年当初は西側6ヵ国、1976年には7ヵ国で開かれた

  一時期はロシアも加入して8ヶ国となったものの、ウクライナ侵攻への制裁措置で除名される

  2008年:

   に伴う世界経済危機対策

   世界各国の協調的な金融緩和と財政出動が決定

  2010年:

   EU域内ので発覚した財政危機を他国で起こさない方針を固める

    →2013年までにを半減することを先進各国に対して義務づける

     日本はこれを猶予される

  2019年には、2023年にはインドのニューデリーで開かれる

 

  が主導権をにぎり、の通貨であるの存在感が高まってきている

   cf.「」構想~2013年に中国の国家主席が打ち出す

    アジアや中東、ヨーロッパを陸路と海路で結ぶ、新しい経済圏構想



南北問題

南北問題とはどのような問題なのだろうか?
南北問題は現代の国際経済にどのような影響を与えているのだろうか?

 :南半球の発展途上国と北半球の先進国との経済格差の問題

  貧困国の経済の特徴

   

   先進国に対して安く原材料などのを輸出し、高い工業製品を輸入する

   1961年:国連総会~「国連開発の10年」

   1964年:設立

    下部組織には発展途上国に対する援助と調整を図る

  

   発展途上国は農産物や鉱物資源などに特化

    先進国は工業製品に特化

     →交易条件が不利化してしまう

      cf.「

       先進国が発展途上国からの輸入品に対し関税面で一方的に優遇する

       経済援助目標を先進国の%に設定

  

   政府や政府機関が提供する資金や技術協力

    現在:「」~政府開発援助をGNP(GNI)の%とする目標が定められた

    も含まれる~その程度を示す指標として「」がある

   を確立する

   させ、先進国との間のを改善し、を実現する


 世界の1人当たりGNI



資源ナショナリズムと南南問題

なぜ資源ナショナリズムを求める動きが芽生えたのだろうか?
南南問題とはどのような問題なのだろうか?

 1973年:が原油公示価格を大幅に引き上げ、特定国への輸出を禁止

  が発生

 の芽生え~

  1974年:国連資源特別総会で樹立をめざす宣言

   

   多国籍企業に対する規制や監視

   一次産品の国際価格の安定化 を要求

    →先進国と対立

 1970年代:工業製品の輸出によって成長する発展途上国が注目されるようになる

  →1980年代末に

   東アジアNIEs~韓国、台湾、香港、シンガポール

    に転換して成功を収める

     外貨導入による輸出振興、自国通貨の価値を低めに誘導することによって輸出拡大を狙う

 中南米諸国の財政赤字

  メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどのの急成長

   欧米の巨大銀行が多額の資金を貸し付けていた

    高金利による利子負担の増大や一次産品価格の低迷による輸出の停滞

     →債務を返済できなくなった

    の危機が生じた

    1980年代:の表面化

    IMFは(緊縮財政などの条件)を設定したうえで救済

        アフリカなどのもデフォルトの危機に陥る

         1990年代よりにおける債務削減が課題となった

 

  との格差

  との格差

  1982年:メキシコが莫大な債務を抱えてに陥る

    支払期限の延期であるや債務の一部免除、緊急追加融資などが行われた



レーガノミクスと国際政策協調

レーガノミクスはどのような結果に終わったのだろうか?
国際政策協調のために、国際社会はどのようなことを行ったのだろうか?

 1975年:の開催

  経済危機への対策を協議し、国際協調によって経済課題に取り組む

 1980年代:

  がインフレを収束させる

  資金が流入しとなった

   →輸出が伸びずに輸入が増えて貿易収支赤字が急増

    減税と軍事費の拡大から財政赤字も拡大

     「」と呼ばれる状況が生まれる

 1985年:の開催

  ドル高を是正するために各国が協調するが成立



GATT体制とWTO体制

WTO体制とはどのような体制なのだろうか?

 1970年代までに7回のラウンドが行われた

  1964~1967年:

   工業製品に対する関税率の大幅引き下げやアンチダンピング規制

  1973~1979年:

   非関税障壁の本格的低減交渉

  1986~1994年:

   農業分野や知的財産権などが取り上げられる

   サービス貿易やのルールづくり

   コメなどの農産物市場開放問題 を焦点に

   →農産物を含めた輸入品のが決まる

   常設の多角的な通商紛争処理システムとしての設置が決まる

   (特定国への)の禁止

 

  で決定

  発展途上国からの輸入品について、特にの税率を引き下げる優遇措置を行う

 1995年:が設立

  2001年に中国の加盟が決まる

   →で中国製品への関税率が下がり、「」と呼ばれるほど急成長

   →「」()が開始

    農業、市場アクセス、輸出補助金などの分野で議論されてきた

    途上国への開発支援は不十分 

     →南北間での対立があった

     2008年以降は交渉が行き詰まる

     加盟国が150ヶ国を超え、利害対立が激しい

     措置の乱用防止

     上限設定、と貿易の共生ルール化を巡って紛糾した

     →特定の地域間で貿易協定の締結を進める動きが進んでいる

    の拡大交渉が行われる

  ※農産物などをWTOの枠外に置き、事実上の輸入制限を行うが行われた

  2002年に、2007年に、2012年にがWTOに正式加盟

  

   知的財産権のルールを定め、加盟国にを義務づける

  


 GATTとWTOの比較

GATT
WTO
対象
モノ
モノだけでなくサービス貿易(旅行・金融・保険・通信など)、知的財産権(特許など)まで拡大
紛争処理能力
弱い
強い
報告が強制力のある最終決定としての役割を果たす
罰則規定
調印国の1国でも反対があれば、対抗措置は実施できない

全加盟国の反対がないかぎり、対抗措置を実施することができる



公正な国際貿易とは何か

 先進国・途上国のいずれも、比較優位にある財やサービスを輸出すれば、世界全体での生産量は増えるので、双方に利益がある。したがって、関税を引き下げたり、自国産業を保護する非関税障壁を撤廃するなど、原則としてあらゆる市場開放を促進し、自由貿易を推進するべきである。
 また、昨今のように技術の変化が早く、産業構造も大きく変化する状況では、多国間での貿易交渉は時間がかかりすぎて状況に素早く対応できない。そこで、機動性の高い二国間貿易をはじめとする貿易交渉を先行させることで、可能な分野から自由貿易の範囲を拡大すべきだ。
 ただし、競争上の守るルールを決めておく必要がある。たとえば、知的財産権の保護や環境の保護、劣悪な労働環境の排除などの人権への配慮は、先進国も途上国も例外なく守らなくてはならない。

 先進国の主張

 自由貿易に利益があるのは事実だが、先進国と同じ条件で競争するのは、不公平である。なぜなら、何の例外措置もないまま、国内市場を開放すれば技術革新が著しく、将来の成長が見込める先端産業は、すべて先進国が独占してしまう。それゆえ、ある程度の保護は当然である。
 また、貿易交渉の際に、二国間交渉を基本とすることは、経済力の小さな途上国には不利な条件になりやすい。
 環境規制や労働環境の規制についても、先進国自体が必ずしも守ってきたわけではないのに、これから発展をめざす途上国にそれを課すのは、途上国の発展を抑制する効果をもち、不公平である。
 知的財産権の保護についても、それぞれの国の実情にあわせてもらう必要があり、人命にかかわるような医薬品の場合などは、ルールにしばられずに緩和すべきである。

 途上国の主張

 

 ○先進国と途上国の主張の違いを効率と平等の観点からまとめてみよう。

 


 ○先進国と途上国の対立をこえて公正な国際貿易を実現していくためには、どのようなルールが求められるのか、考えてみよう。