保護する責任
保護する責任とは何か——国際社会が人権侵害に介入できる論理
保護する責任(Responsibility to Protect、略称R2P)とは、国家がその住民を集団殺害・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪から保護する第一義的責任を負い、国家がその責任を果たさない場合または果たすことができない場合、国際社会が介入する権限を持つとする概念だ。2001年にカナダ主導の国際委員会(ICISS)が提唱し、2005年の国連世界サミットで全加盟国が原則として採択した。
概念が生まれた背景——内政不干渉原則の限界
国際社会は長らく「内政不干渉の原則」(国連憲章第2条第7項)を基本規範としてきた。国家の主権は絶対的であり、他国は原則として内政に干渉できないという考え方だ。しかしこの原則は、国家が自国民を組織的に虐殺する場合にも「内政」として不干渉を求める論理に使われてきた。
1994年のルワンダ大虐殺では、フツ族による約100日間でのツチ族50〜80万人の殺害に対して国際社会は有効な対応ができなかった。PKO部隊は撤退を余儀なくされ、安保理も決定的な行動をとれなかった。1990年代の旧ユーゴスラビアでの民族浄化も国際社会の介入が遅れた。これらの「対応の失敗」が「保護する責任」という概念を生む直接の動機となった。
R2Pの三本柱——国家責任・国際支援・国際介入
2005年の国連サミット成果文書はR2Pを三つの段階として整理した。第一の柱は「国家責任」だ。各国は自国民を集団殺害・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪の四種の罪から保護する責任を負う。第二の柱は「国際支援」だ。国際社会は各国がこの責任を果たすための能力構築を支援する。第三の柱は「国際介入」だ。国家が明らかに保護責任を果たせない場合、国際社会は安保理の承認のもとで適時かつ断固とした集団的行動をとる。
実際の適用事例——リビアとシリアの対照
2011年、リビアのカダフィ政権が反政府デモ参加者の虐殺を宣言したことを受け、国連安保理は決議第1973号でR2Pを明示的に根拠とした飛行禁止区域の設定とNATOによる軍事介入を承認した。その後NATOの空爆支援を受けた反政府勢力がカダフィ政権を打倒した。しかしリビアは政権崩壊後も内戦が続き、「介入後の安定化」に国際社会が失敗した事例として批判を受けた。
同じ2011年から始まったシリア内戦では、アサド政権による化学兵器使用などの残虐行為が報告されたにもかかわらず、ロシアと中国が安保理決議に拒否権を行使し続けたため、R2Pに基づく国際介入は実現しなかった。リビアとシリアの対照は、R2Pが機能するかどうかが安保理常任理事国の地政学的利害に大きく左右されることを示している。
R2Pへの批判と課題
R2Pに対する主な批判は以下の点だ。まず、誰が「介入が必要な状況か」を判断するのかという問題だ。強大国が自己利益のために「保護する責任」を口実として使う危険性がある。次に、介入後の安定化の問題だ。リビアの事例が示すように、軍事介入は政権を倒せても平和を築けるとは限らない。さらに、安保理の拒否権制度という構造的問題がある。常任理事国が関与する紛争では、R2Pは機能しない。これらの課題から、R2Pは「理念としては正しいが、運用に課題がある」という評価が一般的だ。