第9章 国際政治の動向と課題

パレスチナ問題

解説

パレスチナ問題

パレスチナ問題とは何か——現代最大の未解決国際紛争の構造

パレスチナ問題とは、現在のイスラエルが位置する地中海東岸のパレスチナ地域において、ユダヤ人(イスラエル側)とアラブ人(パレスチナ側)が土地・主権・難民・宗教的聖地をめぐって対立する紛争の総称だ。20世紀初頭のイギリスの植民地政策に端を発し、1948年のイスラエル建国以来70年以上にわたって断続的な戦争・紛争・交渉が続いている。宗教・民族・領土・難民という複数の問題が絡み合い、国際社会が「最も解決が難しい紛争の一つ」とみなすゆえんだ。


3枚舌外交——対立の起源となったイギリスの矛盾した約束

パレスチナ問題の根本的な起源は、第1次世界大戦中(1914〜18年)のイギリスによる相互矛盾する三つの約束にある。これを「3枚舌外交」と呼ぶ。


①1915年のマクマホン書簡:イギリスの高等弁務官マクマホンがアラブの指導者フサインに、オスマン帝国打倒に協力すれば独立アラブ国家の建設を支持すると約束した。パレスチナはその約束の対象範囲に含まれると理解されていた。


②1917年のバルフォア宣言:イギリス外相バルフォアがユダヤ人社会のリーダーに、パレスチナにユダヤ人の「民族の郷土(ナショナル・ホームランド)」を建設することを支持すると表明した。ただし「現在のパレスチナ住民の市民的・宗教的権利を侵害しない」という留保条件が付いていた。


③サイクス・ピコ協定(1916年):イギリスとフランスがオスマン帝国の領土をアラブ人に知らせることなく秘密裏に分割する密約を結んでいた。パレスチナは英仏の国際管理区域に設定されていた。


これら三つは互いに矛盾しており、第1次世界大戦後のパレスチナでの対立の種となった。


イスラエル建国から中東戦争へ——1948年〜1973年の展開

第2次世界大戦後、ホロコーストを生き延びたユダヤ人のパレスチナへの移民が急増した。1947年、国連はパレスチナをユダヤ人地域とアラブ人地域に分割する決議(決議181)を採択したが、アラブ側はこれを拒否した。1948年5月にイスラエルが独立を宣言すると同日、エジプト・ヨルダン・シリア・イラク・レバノンの5か国がイスラエルに侵攻し、第1次中東戦争(1948〜49年)が始まった。この戦争でイスラエルは国連分割案より広い領土を確保し、約70万人のパレスチナ人が難民化した(ナクバ=大災害)。


その後1956年の第2次、1967年の第3次、1973年の第4次と中東戦争が続いた。1967年の第3次中東戦争でイスラエルはヨルダン川西岸・ガザ地区・シナイ半島・ゴラン高原を占領した。第3次戦争後、国連安保理決議第242号が「占領地からの撤退」と「すべての国の主権と安全の保障」を求め、後の和平交渉の基本原則となった。


和平への動きとその挫折——PLO・オスロ合意・現在の膠着

1964年に設立されたPLO(パレスチナ解放機構)は当初「全パレスチナの解放」を目標としていたが、1988年にはヨルダン川西岸とガザを領域とするパレスチナ国家の建設へと目標を修正した。1993年にPLO議長アラファートとイスラエル首相ラビンがノルウェーのオスロで交渉し、「オスロ合意(パレスチナ暫定自治協定)」が成立した。イスラエルはPLOを、PLOはイスラエルを相互承認し、パレスチナの段階的自治を取り決めた。1996年にはパレスチナ自治政府が発足した。


しかし和平プロセスは停滞した。エルサレムの帰属、ユダヤ人入植地の拡大、パレスチナ難民の帰還権、最終的な国境線など核心的問題が未解決のままだった。2000年のキャンプ・デービッド交渉失敗後、第2次インティファーダ(民衆蜂起)が起き、和平の機運は失われた。2007年にはガザ地区をイスラム武装組織ハマスが実効支配し、ヨルダン川西岸のPLO系ファタハと分裂したことでパレスチナの政治的統一も失われた。2023年10月、ハマスによるイスラエルへの大規模越境攻撃を契機に、イスラエルがガザへの大規模軍事作戦を開始し、多数の民間人犠牲者が出ている。

この問題の歴史的意義と現代への教訓はどのようなものか?

この問題の歴史的展開は現代の国際社会に対して、民族・宗教・政治の複雑な絡み合いを解きほぐすことの困難さと必要性を示している。歴史の教訓を正確に理解し、過去の誤りを繰り返さないための制度・規範・対話の仕組みを整備することが、今日の国際社会の責務だ。国際機関・各国政府・市民社会が連携し、人権と法の支配を基盤とした秩序を維持するための努力が続けられている。


国際社会の今後の役割と課題はどのようなものか?

国際社会はこの問題に対して、予防的外交・人道支援・平和構築・移行期正義という複数の手段を動員する必要がある。大国間の政治的競争が国際機関の機能を制約する場面も多いが、市民社会・NGO・地元コミュニティの参加が問題解決において補完的な役割を果たしている。すべての人が尊厳を持って生きられる世界の実現に向けた取り組みは、一朝一夕には達成できないが、継続的な努力の積み重ねが少しずつ状況を変えていく。この問題への関心と理解を深めることが、現代市民として求められる知的・実践的姿勢だ。

この問題が示す普遍的な人権上の課題はどのようなものか?

この問題は民族的・宗教的少数者の権利保護という観点から、現代国際社会が直面する普遍的な課題を示している。国際人権規約・地域的人権条約・先住民族の権利宣言などの国際的な規範枠組みが整備されてきたが、その実施は依然として多くの国で不十分だ。差別の撤廃・文化的権利の保護・経済的機会の平等・政治的参加の保障という四つの柱が、少数者の人権保護の基盤として国際社会に求められている。教育と対話を通じて偏見と差別を克服し、多様性を社会の強みとして活かす取り組みが今日の重要な課題だ。市民一人ひとりが人権の担い手として主体的に関与することが、変革の原動力となっている。また歴史の記憶を次世代に継承することで、過去の過ちを繰り返さないための意識を育てることが国際社会の責務だ。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-28