植民地支配と人種主義
植民地支配を正当化したのはどのような思想なのだろうか?
人種による差別をめぐって、どのような動きがみられたのだろうか?
人種:皮膚の色など共通の遺伝的特徴をもつ人間の集団
かつては、ヨーロッパ列強によるアフリカなどの植民地化が人種差別思想によって正当化された
1965年:国連総会にてが採択される
アメリカ:憲法で人種差別が禁止されていたのにもかかわらず、黒人差別が根強く残る
e.g.~選挙権の不当な制限
1950年代:
cf.
私には夢があるのです。……わが子4人が、いつの日にか、皮膚の色によってではなく、人間の中身によって評価されるような国に住めるようになる夢が。
1964年:~投票、教育、雇用などによる人種差別が禁止される
現代:~積極的是正措置
黒人への蔑視や暴力、構造的な差別は残る
→が注目を集める
南アフリカ共和国
~人種隔離政策
1991年に廃止され、1994年には全人種が参加した選挙が行われる
※大統領がアパルトヘイトを廃止し、大統領によって白人支配が終わる
ドイツ(ナチス政権下)
でなどがされた
ナショナリズム
ナショナリズムとは、どのような思想なのだろうか?
ナショナリズムの問題点は、どのような点なのだろうか?
:国家という政治的単位の構成員と、エスニック集団が国民として一致
多数派は、国家は単一の国民からなるべきとして、少数派に自らの文化を強要
少数派は、自らを国民とする国家をもつべきとする自決を唱えて、自治や分離独立を求める
の成立~国境の再編や人口の移動に伴う暴力の行使
e.g.ナチス:チェコスロヴァキアからドイツ人居住地域の割譲を要求・ユダヤ人の大量虐殺
第二次世界大戦後、各国の国内における人権の保障を通じた共生が図られる
1948年:
集団殺害を禁じる
1950年:
国民の追放を明示的に禁止
1966年:
において、種族的、宗教的、言語的少数者について、居住国における権利保障を規定
の権利保障の制度の整備
「」
文化・慣習・伝統を維持・発展する権利、居住する土地やその土地の資源に関する権利を認める
排他的ナショナリズムやの克服
「」の発想に立つことが求められる
やイラン、など西アジアの複数国の山岳部などに居住
世界最大の少数民族ともいわれる
をめざしている
→弾圧や紛争が頻発している
旧ユーゴスラビアの独立をめぐる内戦
1991年に、、
1992年に が独立を宣言
→連邦制を維持しようとした勢力が軍事介入を行った
ととの民族対立が原因
:セルビア人は多数派であるべきだとする
→:異民族の排斥
軍によるセルビア側への軍事的制裁~「人道的」空爆
の解体
セルビア共和国とモンテネグロ共和国はに統合される
2003年にと改称するも、2006年には独立国家として分裂
の独立問題
からの独立を望むキリスト教系住民
残留を望むキリスト教系住民
過激派集団によるイギリスへのテロ行為も行われてきた
→1998年に包括和平合意が成立
ロシア南部のでの紛争
をめざす武装勢力と
※資源主権を求めるの側面をもつ
大規模な反政府テロで親ロシア政権が崩壊
のにロシアが侵攻
住民投票:とに賛成する票が多数を占めたと発表
→同地域のロシアへのを宣言
アメリカやEU諸国はロシアの「」を認めず
からロシアを排除
G8→G7サミットとなっている
地域
パキスタン併合派の系住民とインド残留派の系住民の間で紛争
1990年代初頭に激化し、多数部族のが少数部族のを大量虐殺
→国連はPKOを派遣し、難民救済などを行った
1991年のバーレ政権崩壊後、民族対立によって生じる
→国連はを派遣するも解決に失敗する
2010年末~11年初頭
北アフリカや西アジアで政権や政権が民主化暴動で崩壊する動きが続く
→「」と呼んだ
TwitterやFacebookなどのインターネット上のコミュニティを通じて呼びかけられる
→「革命」
ではこのような動きを警戒し、を行っている
2019年のの民主化デモに関する政府批判を封じ込める動きもみられる
2010年12月:で民主化運動が起こり、大統領が失脚
2011年2月:で大統領が失脚
2011年8月:で大佐が率いる軍事独裁政権が崩壊
1988年:を指導者とする民主化デモが起こる
多数の逮捕者や亡命者を出すも、2010年に多くが釈放される
⇔2021年に民主派勢力が拡大する中で国軍クーデターが発生
をはじめとする民主政権の幹部が拘束・軟禁される
父子による独裁政権に対する反政府運動が激化し内戦状態に陥る
政府側が反政府側に化学兵器を使用した疑惑がもたれている
~「21世紀最大の人道危機」
直近の情勢
2021年:が駐留軍を撤収
→イスラーム原理主義組織が再び全土を制圧
2022年2月:NATOの東方拡大に強く反発するはに軍事侵攻を行う
紛争は長期化
安全保障理事会は非難する決議案を採択するも、ロシアが拒否権を行使して不採択となる

①(1947〜(断続)) ②(1948〜1973) ③(1950〜1953)
④(1955〜1975) ⑤(1959〜現在)
⑥(1962〜現在) ⑦(1967〜1975)
⑧(1968〜1998) ⑨(1969)
⑩(1975〜2002) ⑪(1977〜1992)
⑫(1979〜1991) ⑬(1990〜1994)
⑭(1990年代〜現在) ⑮(1991〜現在)
⑯(1991〜2001) ⑰(1994〜2009)
⑱(1998〜1999) ⑲(2003〜現在) ⑳(2011〜現在)
㉑(2014〜現在(2022年拡大))
難民問題
:戦争、内戦、政治的迫害、革命、飢餓、災害などを理由として国外へ逃れた移住者
インド・パキスタンの分裂やイスラエル建国のような国家形成の過程で難民が大量に発生
(1951年)……とを合わせて呼ぶ
人種、宗教、国籍もしくは特定の社会集団の構成員であること又は政治的意見の理由で迫害を受けるおそれがあるという恐怖があるために国外にあるもの
:迫害を受けるおそれのある領域への難民の追放や送還を禁止
による難民の国際的保護と救援活動
内戦により国内で避難生活を送るも大量に発生
国際刑事裁判所の常設化
国際刑事裁判所が常設化されるに至ったのは、なぜだろうか?
冷戦終結後、民族紛争の激化に伴うやなどの残虐行為が増加
ユーゴスラヴィアの内戦について、旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所を設置
国際人道法違反に責任を有する個人を訴追
1998年:
すべての国家には、所定の残虐行為を犯した個人を捜査・訴追する責務があるとする
関係国の国内裁判所が、犯罪の被疑者を捜査・訴追する意思と能力がない場合
→が国内裁判所の機能を補完して、捜査・訴追を行う
e.g.~文民に対する非人道的行為
ニュルンベルク国際軍事裁判所と極東国際軍事裁判所
cf.「」
人道的干渉と保護する責任
「保護する責任」とは、どのようなものなのだろうか?
1999年:NATO諸国によるユーゴスラヴィアへの空爆
コソボのアルバニア人に対する残虐行為を阻止するための必要最小限度の武力行使
=
国際社会において「」論が唱えられる
個々の国家が、その住民を所定の残虐行為から保護する責任を負う
それが果たされなければ、国連の安保理が強制措置をとることもあり得るとする
→残虐行為から住民を保護する責任を果たさない国家は、内政不干渉を主張できない
cf.リビア~「保護する責任」を果たさずにNATO諸国によって武力行使
国内の反政府勢力の蜂起によって政権は崩壊
パレスチナにおける戦争と平和
パレスチナ問題とは、どのような問題なのだろうか?
宗教的問題~ユダヤ教、キリスト教、イスラームの聖地
民族的問題~民族と領土を結びつけるナショナリズム
「三枚舌外交」~イギリスの悪名高い外交政策
1915年:
アラブ人に対して独立国家承認の約束を与える
1917年:
ユダヤ人に対して「民族の郷土(ナショナル・ホームランド)」承認の約束を与える
国際連盟の委任を受けてイギリスがパレスチナを統治するにあたって確認されている
第二次世界大戦後、1947年にパレスチナを地域と地域とに分割する決議が採択
※運動
祖国を追放されたが国家を再建する
1948年:の建国
イスラエルに帰還できるユダヤ人と、帰還できないが生まれる
→関係諸国に対立が生じ、4次にわたるが勃発
1948~49年:の勃発
1964年:の結成
全パレスチナの解放をめざすパレスチナ難民を中心とする
1967年:
「領土と和平の交換」方式の紛争解決を呼びかける
イスラエルによる占領地からの撤退の見返りに、周辺アラブ諸国がイスラエルを承認
1979年:
イスラエルによるシナイ半島からの撤退とエジプトによるイスラエル承認を取引
1982年:イスラエルの侵攻
「パレスチナ・イスラエル紛争」
PLOの目標はヨルダン川西岸とガザを領域とするパレスチナ国家の建設へと縮小
1987年:第1次(民族蜂起)
1990年:による侵攻によるの勃発
→1991年:~と間で合意が成立した
1993年:
イスラエルによる占領地からの撤退を見返りに、PLOがイスラエルを承認
1996年:パレスチナ自治政府の成立
イスラエルの帰属問題やユダヤ人入植地問題などの多くの課題が未解決
2003年:を双方が受諾
の暫定自治が実施されているやで武力紛争が起きている
2023年:ハマスによるガザからの越境攻撃