再統一
再統一とは何を指すか
再統一とは、冷戦期に東西に分断されていたドイツが1990年10月3日に一つの国家として統合された出来事を指す。ドイツ再統一(独:Wiedervereinigung)と呼ばれ、冷戦終結の最も象徴的な事件の一つとなった。
分断の経緯
第二次大戦後、ドイツは米英仏ソの四カ国に分割占領され、1949年に西側占領地域でドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ソ連占領地域でドイツ民主共和国(東ドイツ)が建国された。ベルリンも東西に分断された。
再統一への道のり
1989年11月のベルリンの壁崩壊が再統一の直接の契機となった。東ドイツで民主化運動が急速に広がり、1990年3月の自由選挙で再統一支持派が勝利し、10月3日に東ドイツが西ドイツの憲法体制に編入される形で再統一が実現した。
再統一はどのような仕組みで進められたか
再統一は国内政治、国際外交、経済政策の三つの次元で並行して進められた。東西ドイツの統合方式、旧戦勝国の同意、通貨経済統合が短期間に実現された。
統合方式
再統一は西ドイツ基本法第23条に基づき、東ドイツが西ドイツに加入する形で行われた。新憲法制定ではなく既存の西ドイツ憲法を拡張する方式を採り、移行を迅速化した。
2プラス4条約
1990年9月、東西両ドイツと米英仏ソの6カ国が「ドイツ最終規定条約(2プラス4条約)」に調印した。戦勝国の権利が正式に終了し、ドイツは完全主権を回復した。
再統一はなぜ可能になったか
再統一はゴルバチョフの新思考外交、東欧革命、コール首相の決断、米国の支持が重なって可能となった。冷戦構造の崩壊と結びついた歴史的偶然の産物でもあった。
ソ連の同意
ゴルバチョフは当初NATO加盟での再統一に抵抗したが、最終的にはドイツが経済支援と引き換えにNATO加盟を継続することを認めた。これは新思考外交の決定的成果であった。
コールの指導力
西ドイツのコール首相は10項目提案で段階的統一を打ち出したあと、情勢の加速に応じて迅速な統一へと方針を転換した。経済・通貨同盟で東ドイツマルクを西独マルクと1対1で交換することを決め、政治的支持を得た。
再統一は何をもたらしたか
再統一はドイツを欧州最大の経済大国として再生させ、欧州統合の中核国家としての地位を強化した。同時に、東西格差の解消という長期課題も生んだ。
欧州統合への寄与
再統一直後のドイツはEU強化とユーロ導入を積極的に推進した。マーストリヒト条約の成立(1993年)はドイツ再統一と密接に連動しており、冷戦後の欧州統合の起点となった。
長期的課題
東西ドイツの経済格差は再統一後30年以上にわたり残り、旧東独地域では失業率・所得・人口移動の問題が続いた。再統一は政治的統合を実現した一方、経済・社会的統合は長期課題となった。