第9章 国際政治の動向と課題

タリバン

タリバン

タリバンとは何か

タリバンは、アフガニスタンを拠点とするイスラム原理主義武装組織であり、1990年代後半にアフガニスタン全土を支配する政権を樹立した組織である。冷戦終結後の中東・中央アジア情勢を象徴する存在となっている。

名称と構成

タリバンはアラビア語で学生を意味する言葉の複数形であり、主にパキスタン国境地帯のイスラム神学校で学んだ若者たちによって結成された。パシュトゥン人を中核とし、部族社会の伝統とイスラム法の厳格な解釈を結びつけた組織である。

思想と統治手法

タリバンはイスラム法(シャリーア)の厳格な適用を掲げ、女性の教育・就労制限、音楽・娯楽の禁止、公開処刑などを通じて社会を統制した。世界最貧困の一つとされる国家統治の基盤となった。

タリバンはどのように政権を樹立したか

タリバンは1990年代のアフガニスタン内戦の中で急速に勢力を拡大し、1996年に首都カブールを制圧して政権を樹立した。

ソ連軍撤退後の内戦

1989年のソ連軍撤退後、アフガニスタンではムジャーヒディーン各派が権力闘争を続けた。1994年、南部カンダハールで治安維持を掲げて結成されたタリバンは腐敗に苦しむ住民の支持を得て短期間で勢力を広げた。

1996年の政権獲得

タリバンは1996年9月にカブールを陥落させ、アフガニスタン・イスラム首長国を樹立した。国際社会では原則としてサウジアラビア、アラブ首長国連邦、パキスタンの3か国のみが政権承認したが、国内統制は着実に進めた。

タリバン政権とアル=カーイダの関係は

タリバンはアル=カーイダに対して庇護を与え、ビンラディンを匿った。これが米国との対決を決定的にした。

ビンラディンの庇護

1996年以降、ウサマ=ビンラディンはタリバン政権下のアフガニスタンを拠点に活動した。タリバンはビンラディンの引き渡しを米国の要求にもかかわらず拒否し続けた。

国際的孤立と国連制裁

1999年以降、国連安保理は対タリバン制裁決議を採択し、タリバン政権は国際的に孤立した。2001年の9.11事件後、米国によるアフガニスタン攻撃で政権は崩壊した。

タリバンは2021年にどのように復権したか

2001年の政権崩壊後もタリバンはゲリラ戦を継続し、米軍撤退とともに2021年に再び政権を握った。

20年にわたるゲリラ戦

タリバンはパキスタン国境地帯を拠点にゲリラ戦を続け、アフガニスタン政府とNATO軍に大きな損害を与えた。米国は20年で2兆ドル以上を投じたが、治安の安定化には至らなかった。

2021年のカブール再占領

2021年8月15日、米軍撤退の完了直前にタリバンは首都カブールを再制圧した。アフガニスタン政府は事実上崩壊し、タリバンは再び政権を樹立した。米国の20年にわたる介入の事実上の失敗となった。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23