第9章 国際政治の動向と課題

アフリカの年

アフリカの年

アフリカの年とは何か

アフリカの年とは、1960年にアフリカで17か国が相次いで独立を達成した歴史的な年を指す呼称である。アフリカ大陸の脱植民地化が一気に進展した画期的な年として、国際政治史に位置づけられている。

独立の広がり

1960年に独立を達成した17か国は次のとおりである。カメルーン、トーゴ、マダガスカル、コンゴ共和国、ソマリア、ベナン、ニジェール、ブルキナファソ(当時オート=ボルタ)までがまず挙げられる。さらに、コートジボワール、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、キプロス(地中海のため含めない見方もある)、ガボン、セネガル、マリ、ナイジェリア、モーリタニアが続く。

17か国の大半はフランス領西アフリカ・赤道アフリカから独立した旧フランス植民地であった。フランスが1960年に一斉に独立を認めた結果、この年が特に多くの新興国を生み出す年となった。

アフリカの年はどのような仕組みで実現したか

アフリカの年の独立ラッシュは、植民地保有国の政策転換と、アフリカ独立運動の高揚が重なった結果として実現した。軍事闘争によらず、平和的交渉を通じた独立が主流であった。

独立過程の特徴

フランスはド・ゴール大統領のもとで1958年にフランス共同体(Communauté française)を設立し、旧植民地に自治を与えた。しかし多くの国が共同体からの離脱と完全独立を望み、1960年に一斉に独立を達成した。

イギリス植民地からの独立も同時期に進んだ。ナイジェリア(1960年)、シエラレオネ(1961年)、タンガニーカ(1961年)などが相次いで独立した。独立の方式は国ごとに異なったが、1960年前後の数年間でアフリカの政治地図は根本から書き換えられた。

アフリカの年はなぜ1960年に集中したか

アフリカの年が1960年に集中した背景には、第二次世界大戦後の植民地主義衰退、アフリカ独立運動の発展、冷戦期の国際情勢、植民地保有国の国内事情など、複合的要因があった。

成立の背景

1945年の第5回パン・アフリカ会議(マンチェスター会議)以降、アフリカ独立運動は組織化された。1957年のガーナ独立(エンクルマ大統領)は黒人アフリカ独立の先駆けとなり、他の国々に大きな影響を与えた。

1958年のフランス第五共和政憲法でフランス共同体が設立されたが、ギニアが共同体加盟を拒否して即時独立した(セク・トゥーレ大統領)。これがフランス共同体の枠組みを揺るがし、他の旧植民地の完全独立要求へとつながった。冷戦期のアメリカとソ連も植民地解放を支持する姿勢を示していた。

アフリカの年と冷戦秩序はどう関わるか

アフリカの年は、冷戦期の国際秩序に大きな変化をもたらした。国連総会での勢力バランスが変わり、第三世界の発言力が増した。同時に、新たに独立した国々は冷戦の代理戦争の舞台ともなった。

国連への影響

1960年12月、国連総会は植民地独立付与宣言を採択した。この宣言は、その年のアフリカの独立ラッシュを受けて、国連における新興国の発言力が高まったことを象徴する。以後、国連総会は第三世界の影響を強く受ける場となった。

1963年にはエチオピアのアディスアベバでアフリカ統一機構(OAU、現アフリカ連合)が設立され、アフリカ諸国の連帯が制度化された。独立アフリカの政治的存在感は、国際政治のあり方を変える大きな力となった。

独立後の課題

独立後のアフリカ諸国は、経済発展、国内統合、冷戦期の代理戦争、旧宗主国との関係など、深刻な課題に直面した。コンゴ動乱(1960〜65年)やビアフラ戦争(1967〜70年)など、独立後の混乱も続いた。

21世紀のアフリカ諸国は、経済成長と政治的安定を求めて多様な挑戦を続けている。アフリカの年は独立の出発点であり、現代アフリカ史はその後の長い道のりの中で展開されてきた。国際政治における「アフリカの時代」の始まりを告げる年として、1960年は画期的な意味を持ち続けている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23