自衛
自衛とは国際政治でどう位置づけられるか
自衛とは、他国の武力攻撃に対して自国を守るために武力を行使する権利のことである。冷戦後の国際秩序では、その範囲をめぐる解釈が焦点となり、イラク戦争や対テロ戦争の正当化にも関わってきた。
国連憲章における位置づけ
国連憲章第51条は、加盟国に対する武力攻撃が発生した場合、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛権の行使を認めている。これは国連憲章の武力行使禁止原則の例外である。
個別的自衛権と集団的自衛権
個別的自衛権は攻撃を受けた国自身が行使する権利、集団的自衛権は同盟国が攻撃された場合に行使する権利である。NATOの第5条は集団的自衛権を条約化した代表的な制度である。
自衛の範囲はどのように議論されてきたか
冷戦後の国際政治では、自衛の範囲が激しく論じられてきた。新たな脅威への対応が従来の枠組みで可能かが争点となった。
キャロライン号事件の基準
自衛権行使の古典的基準はキャロライン号事件で示された。即時性、必要性、均衡性の3条件を満たす場合にのみ、武力攻撃発生前の先手防衛が正当化されるとの理解が多数説となっている。
テロリズムへの自衛権行使
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の後、国連安保理決議1368号・1373号は自衛権行使の可能性を認めた。非国家主体による攻撃に対する自衛権の行使として、アフガニスタン戦争が位置づけられた。
先制攻撃論との関係はどう整理されるか
ブッシュ(子)政権下で先制攻撃論が打ち出されたが、これと自衛の概念の関係が冷戦後の焦点となった。
ブッシュ=ドクトリンでの拡張
ブッシュ(子)政権は大量破壊兵器やテロリストへの先制攻撃を自衛の延長として位置づけた。これは自衛の範囲を将来の脅威にまで拡張する試みであり、国際法の従来の解釈と衝突した。
イラク戦争での論争
2003年のイラク戦争は、米英が予防的自衛として開戦したが、国連安保理の承認はなかった。大量破壊兵器が発見されなかったことで、自衛の名目による武力行使の限界が露呈した。
日本における自衛の概念はどう発展してきたか
日本は憲法9条との関係で、自衛概念を独特の形で発展させてきた。冷戦後はその範囲が継続的に拡大している。
個別的自衛権の解釈
日本政府は憲法9条の下で必要最小限度の実力である自衛隊を保持し、個別的自衛権の行使を認めてきた。冷戦後は周辺事態法や国際平和協力法を通じて自衛隊の活動範囲が拡大した。
集団的自衛権の一部容認
2014年の閣議決定で、存立危機事態における集団的自衛権の限定的行使が認められ、2015年の平和安全法制で法制化された。冷戦後の国際秩序変化の中で、日本の自衛概念も大きな転換を経験した。