第9章 国際政治の動向と課題

第1次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)

第1次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)

第1次戦略兵器削減条約とは何か

第1次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)は、1991年7月31日に米ソ間で署名された核軍縮条約であり、両国の戦略核戦力の実質的削減を初めて実現した条約である。冷戦終結期の米ソ関係を象徴する合意として位置づけられる。

署名の経緯

STARTⅠは1982年に開始された交渉が9年を経てまとまり、ブッシュ大統領とゴルバチョフ大統領によってモスクワで署名された。ソ連解体の直前に締結されたため、発効後はロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンの4か国が当事国となった。

規制対象

対象は大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機に搭載される核弾頭と運搬手段である。両国はこれらを10年以内に段階的に削減することに同意した。

STARTⅠはどのような仕組みを持つか

STARTⅠは従来の戦略兵器制限交渉(SALT)と異なり、上限設定ではなく実際の削減を義務付けた点で画期的であった。

数量制限

両国の戦略核運搬手段を1600基、核弾頭を6000発までに削減することが定められた。当時の両国の配備数から約3分の1削減となる大胆な削減目標であった。

検証制度

相互の基地への査察、ミサイル発射時の事前通告、テレメトリー情報の交換など詳細な検証制度が導入された。透明性と信頼醸成を兼ね備えた制度は、以後の核軍縮条約のモデルとなった。

STARTⅠはどのような背景で成立したか

STARTⅠは冷戦終結期の相互不信の解消と、両国の経済的・技術的負担の限界によって実現した。単なる軍縮ではなく、米ソ関係の質的転換を意味した合意であった。

新思考外交の成果

ゴルバチョフの新思考外交は、米国との協調を前提に核軍縮を進める姿勢を鮮明にした。核戦力の対称的削減は、両国が脅威の相互性を認めた合意点であった。

ソ連解体への影響

STARTⅠ締結直後の1991年12月にソ連は解体し、核戦力はロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4か国に分散した。1992年のリスボン議定書で核兵器はロシアに集約することが決まり、STARTⅠの履行の前提が整えられた。

STARTⅠは現代にどのような意味を持つか

STARTⅠは米ロ間の核軍縮プロセスを確立し、後続のSTARTⅡ、SORT、新STARTへとつながる軍備管理レジームの土台となった。

履行の成果

2001年12月までに削減目標は達成され、米ロの戦略核戦力は実質的に縮小した。検証と透明性の制度は両国の相互不信を抑える仕組みとして働き、冷戦後の軍事的安定に寄与した。

現在の軍備管理体制への影響

STARTⅠの経験は、核軍縮が単なる宣言ではなく検証と数値目標の組み合わせで成立することを示した。2010年の新START条約はこの枠組みを引き継いでおり、国際社会の核軍縮の骨格を形成している。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23