第2次戦略兵器削減条約
第2次戦略兵器削減条約とは何か
第2次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)は、1993年1月3日にモスクワでブッシュ大統領とエリツィン大統領によって署名された米ロ間の核軍縮条約である。STARTⅠをさらに進めた削減を目指したが、最終的には発効せず終わった。
条約の目標
STARTⅡは両国の配備戦略核弾頭を3000〜3500発まで削減することを定めた。STARTⅠで定められた6000発から大幅な追加削減を目指した野心的な合意であった。
特徴的な条項
STARTⅡは複数個独立目標再突入体(MIRV)を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の全廃を義務付けた点が画期的であった。一度の発射で複数目標を攻撃できる脅威の大きい兵器を禁止する合意として注目を集めた。
STARTⅡはどのような背景で合意されたか
STARTⅡはソ連解体直後のロシアと米国の関係改善を背景に、冷戦終結後の核軍縮を加速させる象徴として合意された。
エリツィン政権との協調
ソ連解体後のロシアは経済混乱の中で軍事費削減が急務となり、米国との核軍縮は国家戦略の要となった。エリツィン大統領は西側との協調路線を採り、STARTⅡ交渉を推進した。
MIRV禁止の戦略的意義
ロシアの戦略核戦力はMIRV搭載のICBMに大きく依存していた。これを禁止することは米国の戦力優位につながるため、交渉の際の最大の争点となった。一方で安定性の観点から国際的に歓迎された。
STARTⅡはなぜ発効しなかったのか
STARTⅡは締結から十数年を経ても発効せず、最終的には破棄された。発効を妨げた最大の原因は両国の戦略環境の変化であった。
批准の遅れ
米上院は1996年に批准したが、ロシア議会の批准は2000年までずれ込んだ。その後米国のABM制限条約離脱決定を受けて、ロシアは2002年にSTARTⅡからの離脱を表明した。
ABM条約脱退の影響
2001年、ブッシュ(子)政権はミサイル防衛システム構築のためABM制限条約からの脱退を決定した。これに反発したロシアはSTARTⅡを放棄し、代替としてSORT(モスクワ条約)が同年5月に締結された。
STARTⅡの経験は何を示したか
STARTⅡの不成立は、核軍縮がミサイル防衛や戦略環境と連動して進むことを示した。条約単体では軍縮を担保できないという現実が浮き彫りとなった。
相互抑止との関係
MIRV禁止は戦略安定性の向上を狙ったものだったが、米国のミサイル防衛構想との組み合わせでロシアの核抑止力を弱めかねないと判断された。核軍縮は防御システムの進化と不可分であることが露呈した。
後続条約への影響
STARTⅡの失敗を受けて締結されたのがSORT(モスクワ条約)であり、以後の新STARTへとつながる核軍縮プロセスは、現実的な戦略バランスを踏まえた合意の重要性を学んで進められている。