第9章 国際政治の動向と課題

国連資源特別総会

国連資源特別総会

国連資源特別総会とは何か

国連資源特別総会とは、1974年4月から5月にかけてニューヨークの国連本部で開催された国連総会の特別会期である。正式名称は「原料および開発の諸問題に関する第6回特別総会」で、第三世界諸国の主導で新国際経済秩序(NIEO)の樹立が宣言された。

総会の基本的性格

この総会は、1973年の第一次オイルショックを直接の契機として、アルジェリアのブーメディエン大統領の要請で開催された。石油輸出国機構(OPEC)の石油戦略の成功を背景に、第三世界諸国が国際経済秩序の根本的再編を要求した場であった。

採択された「新国際経済秩序樹立に関する宣言」と「行動綱領」は、先進国主導の現行経済秩序に対する第三世界の批判と、その抜本的変革の要求を体系化した文書として歴史的意義を持つ。

国連資源特別総会はどのような仕組みで議論を進めたか

国連資源特別総会は、第三世界諸国(G77)の連携により議事を主導し、先進国の抵抗を上回る形で宣言を採択した。国連総会の特別会期という枠組みを、第三世界が初めて効果的に活用した事例である。

議論の展開

新国際経済秩序宣言は、①天然資源に対する恒久的主権、②多国籍企業の規制、③先進国から開発途上国への技術移転、④援助の増加、⑤第三世界諸国間の経済協力、⑥公正な一次産品価格の確保など、広範な要求を含んでいた。

先進国は多くの条項に抵抗したが、G77の圧倒的多数と石油危機の影響もあり、宣言は採択された。ただし採択は多数決ではなく合意によるもので、先進国の留保も多く表明された。法的拘束力は弱いが、国際経済秩序をめぐる第三世界の集合的立場を示す歴史的文書となった。

国連資源特別総会はなぜ開催されたか

国連資源特別総会が開催された背景には、1973年の第一次オイルショックによる国際経済秩序の動揺と、先進国主導のブレトン=ウッズ体制への第三世界諸国の長年の不満があった。

開催の背景

1973年10月、第四次中東戦争を契機にOPECが石油価格を引き上げ、アラブ産油国は米欧日への石油輸出制限を実施した。これにより先進国は深刻な経済危機に陥り、国際経済秩序の不安定性が露呈した。

第三世界諸国にとっては、この事件は自らの天然資源を武器に国際経済秩序を変革できる可能性を示すものであった。1974年4月、アルジェリアのブーメディエン大統領の提案で特別総会の開催が決定され、新国際経済秩序の樹立を求める動きが具体化した。

国連資源特別総会と現代国際経済秩序はどう関わるか

国連資源特別総会で宣言された新国際経済秩序は、その多くが実現しなかったが、南北問題の争点を明確化した意義を持つ。現代の経済秩序論争にも継承される論点が多い。

実現への障害と影響

新国際経済秩序の要求の多くは、1980年代以降の新自由主義の台頭と第三世界の債務危機の中で実現を阻まれた。IMFと世界銀行による構造調整政策は、むしろ新国際経済秩序とは逆方向の自由化・民営化を第三世界に求めた。

しかし、天然資源への主権、多国籍企業の規制、技術移転、援助の増加といった課題は、その後も国際経済論争の中心にあり続けた。国連貿易開発会議(UNCTAD)や国連環境開発会議(地球サミット)など、その後の多国間フォーラムで繰り返し論じられてきた。

現代への継承

2015年の持続可能な開発目標(SDGs)の採択は、新国際経済秩序の理念を現代的に発展させたものと評価することもできる。格差是正、技術移転、気候変動対策などは、新国際経済秩序の論理と通じる面がある。

国連資源特別総会は国際経済秩序の変革がいかに難しいかを示しつつも、第三世界が集合的に国際秩序に挑む重要な試みであった。現代のグローバル・サウス論や南北問題論の議論の原点として、今も参照される歴史的会議である。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23