第9章 国際政治の動向と課題

レーガン

レーガン

レーガンとは何か

レーガンは1981年から1989年まで第40代アメリカ合衆国大統領を務めた共和党の政治家で、保守主義の再生と対ソ強硬姿勢を特徴とした人物である。俳優出身という経歴を持ちつつ、冷戦の最終局面を主導した指導者として知られる。

経歴の概要

ロナルド・レーガンはハリウッド俳優、カリフォルニア州知事を経て、1980年大統領選でカーターを破り当選した。1984年には49州を制する圧勝で再選を果たした。

レーガノミクスの思想

内政では減税、規制緩和、軍事費増額、社会保障圧縮を柱とするレーガノミクスを推進した。小さな政府と市場重視の発想は、戦後のケインズ主義的福祉国家モデルを大きく修正した。

レーガン外交はどのような性格を持ったか

レーガン外交はソ連を「悪の帝国」と呼んで対ソ強硬姿勢を打ち出した第一期と、ゴルバチョフとの対話で核軍縮を進めた第二期に分かれる。軍拡と軍縮を併用した独特な外交スタイルを示した。

軍拡と戦略防衛構想

国防費を大幅に増額し、1983年には戦略防衛構想(SDI、スター・ウォーズ計画)を発表した。宇宙配備の迎撃システムによるソ連ICBMの無力化を目指し、核軍拡競争に新しい次元を加えた。

反共産主義と代理戦争

中米ニカラグアの反政府コントラ支援、アフガニスタンのムジャーヒディーン支援、グレナダ侵攻など、第三世界での反共産主義行動を積極化した。レーガン・ドクトリンと呼ばれる反ソ攻勢の戦略であった。

レーガンとゴルバチョフの対話はどう進んだか

第二期になると、ゴルバチョフとの首脳会談を重ね、歴史的な核軍縮に合意した。前半の対決姿勢が後半の対話を引き出したとも、ソ連内の変化が対話を可能にしたとも評価される。

米ソ首脳会談の系譜

ジュネーヴ(1985年)、レイキャビク(1986年)、ワシントン(1987年)、モスクワ(1988年)と続く一連の会談で、核兵器削減の具体案が練り上げられた。レイキャビクでは全核兵器廃絶も議論された。

INF全廃条約の調印

1987年12月、ワシントンでゴルバチョフとレーガンはINF全廃条約に署名した。史上初めて特定クラスの核兵器を全廃する条約となり、冷戦終結への決定的な一歩となった。

レーガンの歴史的評価はどうなっているか

レーガンは冷戦終結を導いた大統領として高く評価される一方、財政赤字の拡大、格差の拡大、イラン・コントラ事件などの負の側面も指摘される。評価は現在も分かれている。

冷戦終結への貢献

軍拡を通じてソ連経済を追い詰めた側面と、核軍縮で協調した側面の双方が冷戦終結に寄与したと評価される。1989年のマルタ会談での「冷戦終結」宣言には、レーガン時代の蓄積が生きていた。

保守主義の象徴

レーガンは戦後アメリカ保守主義を政治運動として結晶化させた人物でもある。彼の発想は後の共和党政治の基本枠組みとなり、現代アメリカ政治の原型の一つとなっている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23