ソマリア
ソマリアとは国際政治でどう位置づけられるか
ソマリアは東アフリカの「アフリカの角」に位置する国で、1991年の政権崩壊以後、国家機能が長期にわたり麻痺した失敗国家の代表例として国際政治に位置づけられる。冷戦後の人道的介入のあり方を問うた紛争舞台でもある。
地理的歴史的特徴
ソマリアはアフリカ大陸の東端に突き出した半島状の国で、紅海とインド洋を結ぶ戦略的位置にある。19世紀末にイタリアとイギリスの植民地となり、1960年に両植民地が統合されソマリア共和国として独立した。
国家形成の困難
独立後のソマリアはバレ政権下で社会主義路線をとり、冷戦期には米ソ両陣営から支援を受けた。1991年のバレ政権崩壊後は氏族社会(クラン)間の対立が激化し、統一政府の不在状態が長期化した。
ソマリア内戦はどのように展開したか
1991年のバレ政権崩壊以降、ソマリアはクラン間の内戦状態に陥り、中央政府が不在の事実上の無政府状態が続いた。飢饉と難民の大量発生により、国際社会は人道的介入を試みた。
飢饉と難民
内戦と干ばつにより1992年には推計30万人以上が飢餓で死亡し、数百万人が難民化した。国連と赤十字による人道支援は武装勢力の襲撃で困難を極め、支援物資の略奪が常態化した。
国連とアメリカの介入
国連は国連ソマリア活動(UNOSOM)を派遣し、1992年にはアメリカ主導の統一タスクフォース(UNITAF)が展開した。しかし1993年10月の「モガディシュの戦闘」で米兵18人が戦死し、米国は翌年撤退した。
ソマリアは国際社会に何を問うたか
ソマリア介入の失敗は、冷戦後の国際社会による人道的介入の限界を露呈し、国連PKOのあり方を見直す契機となった。その後のルワンダやボスニアでの国連対応にも影響した。
モガディシュの教訓
モガディシュの戦闘の衝撃は大きく、クリントン政権は軍事関与に慎重となった。1994年のルワンダ虐殺への国際社会の対応遅れは、ソマリアの失敗の直接的影響と指摘される。
破綻国家という概念
ソマリアは「破綻国家(failed state)」という概念を国際政治に定着させた。主権国家体系を前提とする国際秩序が、中央政府が存在しない領域にどう対応するかという難題を突きつけた。
ソマリアは現在どのような状況にあるか
現在のソマリアは連邦制の暫定政府が存在するが、過激派アッシャバーブとの戦闘が続き、ソマリランドやプントランドなど事実上の独立地域も残る。アフリカ連合のミッションと国際機関の支援が続いている。
海賊問題と国際協力
2000年代には沿岸部での海賊行為が国際海運の脅威となり、EUのアタランタ作戦、NATO、日本の自衛隊派遣など国際協力が展開された。海賊活動は2010年代後半に大幅に減少したが、背景にある国家機能の弱さは続いている。
現代の課題
ソマリアは対テロ、人道支援、国家再建、難民問題が複合する典型例として、21世紀の国際政治課題を凝縮した地域である。冷戦終結後に露呈した国際秩序の不均衡が今も形を変えて続いている。