第9章 国際政治の動向と課題

戦争の違法化

戦争の違法化

戦争はなぜ違法とされるようになったのか

近代までの国際社会では、戦争は国家が自国の利益を実現するための合法的な手段とみなされることが多かった。整理編にもあるように、大きな転機は第一次世界大戦後である。膨大な犠牲を出した後、国家が自由に戦争を始められる状態を放置すれば国際秩序は維持できないという認識が広がった。

1928年の不戦条約は、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄することを掲げた。完全ではなかったが、戦争を国家政策の道具として否定した点で大きな意味があった。第二次世界大戦後には、その発想がさらに進み、国連憲章で武力による威嚇と武力行使そのものが原則として禁じられるようになった。ここで初めて、戦争は権利ではなく違法な行為として扱われる方向が明確になった。

戦争の違法化はどのように国際法で規定されているのか

現在の中心は国連憲章第二条四項である。この条文は、すべての加盟国が、他国の領土保全や政治的独立に対する武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならないと定める。整理編が指摘するように、宣戦布告の有無ではなく、武力の行使そのものが原則違法とされた点が決定的である。

不戦条約は「戦争」を禁止したが、国連憲章はそれより広く「武力の行使」を禁止した。これによって、宣戦布告を避けた侵略や、限定的な軍事行動も法的審査の対象になった。またニュルンベルク裁判では侵略戦争の計画と実行が処罰対象とされ、違法な戦争を始めること自体に刑事責任が結び付く流れも強まった。

自衛権はどこまで認められるのか

国連憲章第五十一条は、加盟国に対する武力攻撃が発生した場合、個別的または集団的自衛の固有の権利を認めている。したがって、すべての武力行使が絶対に禁止されたわけではない。相手から武力攻撃を受けた国が、自国の生存と安全を守るために必要な範囲で反撃することは許される。

ただし自衛権は無制限ではない。国際司法裁判所はニカラグア事件などで、必要性と均衡性が求められると示した。つまり、攻撃を止めるために本当に必要か、反撃の規模が過大ではないかが問われる。また自衛措置を取った国は安全保障理事会へ直ちに報告しなければならず、安保理が必要な措置を取った後は、自衛権行使もそれに従うことになる。

集団的自衛権はなぜ認められているのか

ただし、どの国でも自由に第三国へ武力行使できるわけではない。攻撃を受けた国の要請や同意が必要とされるのが一般的であり、単なる政治的支持だけで武力行使が自動的に正当化されるわけではない。集団的自衛権は、安全保障の連帯を認めつつ、濫用を防ぐための条件付きの例外として理解する必要がある。

国連は武力行使をどのように制限しているのか

国連は、武力行使を原則禁止しながら、集団安全保障の仕組みを通じて例外的な強制措置を集中管理している。国連憲章第七章の下で、安全保障理事会は平和に対する脅威、平和の破壊、侵略行為を認定し、経済制裁や軍事措置を決定できる。つまり、国家が自力で戦争を始めるのではなく、国際社会の代表機関が例外措置を判断する構造が取られている。

この仕組みの狙いは、武力行使の判断を各国の一方的意思から切り離すことにある。もっとも、常任理事国の拒否権のために安全保障理事会が機能しない場合も多い。そのため、制度としては武力行使を強く制限していても、政治的対立が激しいと実際の制御力は弱まるという限界も抱えている。

人道的介入は戦争の違法化と矛盾しないのか

大量虐殺や民族浄化のような深刻な人権侵害が起きたとき、外部が武力で介入してよいのかは難しい問題である。国連の責任ある保護の議論では、各国は自国民を守る責任を持ち、それが明白に失敗している場合には国際社会にも対応責任があるとされる。ただし、そこで想定される強制措置も、原則として国連憲章の枠内、すなわち安全保障理事会の権限の下で行うべきだとされている。

したがって、人道的介入は戦争の違法化と単純に両立するわけではない。人権保護の名目が大国の政治的介入に使われる危険があるからである。現代国際法では、人道目的だから自動的に武力行使が合法になるわけではなく、武力禁止原則の例外としてどこまで認めるかが厳しく争われている。

テロや内戦はどのように扱われるのか

テロや内戦は、国家間戦争とは異なる形で武力が使われるため、扱いが複雑である。内戦は国際法上、通常は非国際的武力紛争として整理される。ICRC が説明するように、政府軍と組織化された武装集団の間で一定の強度を持つ戦闘が続く場合には、ジュネーブ諸条約共通第三条や追加議定書第二などの人道法が適用される。

集団的自衛権が認められるのは、一国への武力攻撃が地域全体の安全を崩しうるからである。国家は同盟や安全保障条約を通じて、攻撃を受けた国を共同で防衛する仕組みを作ってきた。第五十一条が個別的自衛だけでなく集団的自衛も挙げているのは、その現実を前提にしている。

現代の国際社会で戦争の違法化は実効性をもっているのか

完全に戦争を止めているとはいえないが、実効性がないともいえない。侵略を明確に正当化することは難しくなり、多くの国は自衛や要請、安保理決議などの法的根拠を示そうとする。これは、違法な武力行使が政治的にも法的にも正当化しにくくなったことを意味する。経済制裁、国連決議、国際裁判、国際世論も、武力行使を抑える圧力として働く。

一方で、国連安保理の機能不全、大国対立、代理戦争、内戦の増加によって、武力禁止原則がしばしば破られているのも事実である。つまり戦争の違法化は、現実から消えた理想ではなく、現実の武力行使を評価し、違法と批判し、制裁や責任追及を行うための基準として機能している。戦争を完全になくしたわけではないが、戦争を権利ではなく違法な行為として扱う世界を作った点に、最大の意味がある。

テロについても、ただちに国家間戦争と同じ枠組みで処理できるわけではない。テロ行為は刑事法、治安維持、制裁、越境協力の問題として扱われる場合が多いが、国家が関与するか、あるいは自衛権の要件を満たす武力攻撃と評価できるかによって、国際法上の位置づけが変わる。したがって、戦争の違法化が進んだ現代でも、暴力のすべてが同じ法的枠組みに入るわけではない。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-06
参考資料・一次情報
  • 山川『詳説世界史研究』
  • 山川『世界史図録』
  • 各分野の教科書・資料集・一次資料