第9章 国際政治の動向と課題

38_国際社会における政治と法

要点解説 資料集

国際社会における政治と法

国際社会はどのように成立したのだろうか?

主権国家体制

  国際社会:国家を基本単位とし、国家にはが認められる

  国家は互いに平等で、域外の権力に干渉されず、同意したことに拘束されない独立性をもつ

  17世紀前半:

  神聖ローマ帝国のプロテスタント諸侯とカトリック諸候の対立に近隣諸国が介入して勃発

  1648年:~国際社会の原型ができる

  三十年戦争の講和条約

  の概念が生まれる 

   →

   主権国家は元々、制約のない統治権力を君主がもつ国家として成立

  →市民革命を経て、国家と国民との一体性が認識された=の成立

   19世紀以降、が特定の民族と領域を結びつける役割を果たす




国際政治の特質と国際法

 国際社会の特質

  共通の政府としての世界政府は存在していない 

   cf.国内社会~主権としての政府が存在

 :国際社会における政治

  

   国家がその国益を実現するために、国力を用いて関係国の行動を制御する性格をもつ

  (オランダ)によって理論的基礎が形作られる

    のなかで『』を著す

     《戦争発生の抑制》と《発生した戦争の規制》の両面から戦争を論じる

     と主張

     を説く~「」「

  グロティウスのように平和を説く人物は他にも

   :『永久平和草案』 :『永久平和論の抜粋・批判』

   :『永遠平和のために』

  :国家間で成文化されて認められた

  :国家間の慣行が法として認められた

   

    国家の要件を備えれば、領域や人口の規模にかかわらず平等に国際法の主体となる

   cf.国家の要件~

      



内容面平時国際法通常の国際関係において適用され、国籍、国家領域、海洋、人権、紛争解決などを規定する
内容面戦時国際法戦争時の国際関係において適用され、戦争の手続き、方法、捕虜の取り扱いなどを規定する
成立・形式面条約国家間の合意事項で、協定・協約・宣言・検証・覚書なども同じ意味をもつ
成立・形式面国際慣習法永年の多数の国家の慣習により形成されたもの




国際法の発達

 20世紀以降、多国間の条約が締結され、慣習法の成文化が進められる

  国際法の内容も、貿易や金融、運輸、通信、人権保障、環境保全など多岐にわたる

 が進む

  (1928年):国際紛争を解決する手段としての戦争を禁ずる

  《戦争に至らざる武力行使》の定義が曖昧であった

  →(1945年):武力による威嚇および武力の行使が明示的に禁止

 国家間の紛争の平和的解決 →国際裁判の制度も整備

  ~オランダのハーグに所在

   国際紛争について、平和的解決をめざす

   判決は当事国を拘束する

   問題点:

       

  :国際的な重大犯罪について取り締まりを行う 

   e.g.集団殺害(

   公的資格にかかわらず、個人の刑事責任を問う

   問題点:

       

   ICC所長に日本人が初就任

    赤根智子裁判官

     ロシアのプーチン大統領に逮捕状を出したことでロシアで指名手配される

 歴史のなかの領土と領海

  領域:主権が認められるエリア 

   e.g.

  15世紀末ごろ:ヨーロッパ諸国の海外進出

   そこで「発見」された土地はに基づいてヨーロッパ諸国の植民地となる

    後発国のオランダやイギリスは海洋の自由を唱える

     →と沿岸国の統治が及ばないに二分された



国際法国内法
法の種類条約・国際慣習法憲法、法律、条例など
法の主体主権国家など個人など
立法機関統一的な機関はない
国家間の合意や国連での条約の採択
議会
司法機関紛争当事国の合意が得られた場合、国際司法裁判所が管轄する裁判所が強制的に管轄する
当事者による訴えによって裁判が始まる
行政機関国連が一部を補完する政府
法の執行機関安全保障理事会が一部を補完する警察や裁判所など


国際司法裁判所(ICJ) 国際刑事裁判所(ICC)
1921年設立の国際連盟の機関である常設国際司法裁判所が前身で、1945年に設立設立2002年に設立(2003年から活動開始)
国際連合の一機関ではない
国連総会と安保理で選出し、任期9年の15名で構成される判事地域ごとに定数が割り振られ、任期9年の男女半々で、合計18名
国家間の紛争の法的・平和的解決目的国際的に重大な犯罪を行った個人の訴追・処罰
紛争当事国双方が国際司法裁判所に裁判を付託することで審理が開始され、判決は当事国を拘束する。国連などからの付託に応えて法的拘束力のない勧告的意見を出すことも可能である方法・内容集団殺害など人道上の重大な犯罪にかかわった個人が検察官などにより逮捕、起訴され、二審制で裁判が行われる
※2024年:ICC所長に赤根智子裁判官が
      日本人で初めて選出される



領土問題

 :特定領域について、複数の国家が互いに自国の領土であると主張するときに発生

  e.g.日本~ロシアとの間に、韓国との間にの問題を抱えている

       尖閣諸島については中国が領有権を主張している

    

    インド・パキスタン~ などがよく知られる

    ~中国、ベトナム、フィリピンなどが領有権をめぐって対立

  要因

   国境線を画定する条約の解釈や、当該地域についての実効的な支配の確立時期などの理解の相違

   (1982年)

   を基線からとし、を基線からとした

   :沿岸国による天然資源の開発などの主権的権利の承認

   排他的経済水域が重なる国同士で境界画定をめぐって対立がおこることも

   石油などの豊富な地下資源の埋蔵 

    →領土問題の火種になることも

    e.g.中国~九段線を主張(常設仲裁裁判所によって国際法上根拠がないと判断が下される)



 日本の領土問題

  無主地の先占に従って日本が領有した領域をめぐる対立

   サンフランシスコ平和条約(1951年)で日本が放棄した地域に含まれるかどうか

  渡航や漁業・海洋資源開発の制限、船舶の拿捕、船員の抑留などの問題が発生している

  

   において領有を放棄していない

    :平和条約締結後に歯舞群島と色丹島の返還を約束

   第二次世界大戦末期以来、ソ連(ロシア)が不法占拠

   2017年まではが行われていた

    →ロシアのウクライナ侵攻

     と平和条約交渉はロシア側から一方的に打ち切られる

できごと
1855日露和親条約で国境線が画定
樺太が日本の領土で、千島列島がロシアの領土となった
1875樺太千島交換条約
樺太がロシアの領土となり、代わりに千島列島が日本の領土となった
1905ポーツマス条約で南樺太が日本領となる
1945ヤルタ秘密協定が結ばれ、ポツダム宣言が行われる
混乱に乗じてソ連が北方四島を占領
1946ソ連が北方四島を自国領に編入
1951
日本が千島列島と樺太の領有を放棄
1956平和条約締結後にを日本に引き渡すことが同意されたが、国後島と色丹島の帰属問題をめぐる両国の主張が合意に至らなかった
1993細川・エリツィン首脳会議で東京宣言を発表
平和条約締結後に向けて努力
2010メドヴェージェフ大統領が国後島を訪問
2018安倍・プーチン首脳会議で二島返還協議

   


  国際的な取り決めにおける北方領土の取り扱い

カイロ宣言ヤルタ秘密協定ポツダム宣言サンフランシスコ平和条約
関係国米・英・中米・英・ソ米・英・ソ日米を含む49ヵ国
関連する部分日本は暴力などで略取した地域から追い出される千島列島はソ連に引き渡される日本の主権は本州などと「小諸島」に限られる千島列島についてのすべての権利を放棄する
日本の主張北方四島は日本が暴力などで略取した地域に該当しないこの協定は日本に知らされておらず、米は公式文書と認めていないうえ、協定は最終決定ではない米英中の決定した「小諸島」が明確ではないどこの国が領有するかは定まっておらず、千島列島の範囲も定まっていない
ロシアの主張千島列島は日本が暴力で略奪した地域である米・英の同意を得て千島列島はソ連のものとなった日本はこの宣言を受諾しているこの条約で日本は千島列島を放棄している

  


  

   において領有を放棄していない

   韓国による不法占拠

    を設定し、竹島を韓国領に編入

     :竹島の帰属は棚上げとなる

   竹島の領有権問題を国際司法裁判所に付託することを提案

    →韓国はこれに同意せず、平行線をたどる

できごと
1905日本が竹島を島根県に編入
1951
日本が放棄すべき地域に竹島は含まれなかった
1952韓国がを設定し、竹島を韓国領に編入
1954韓国が灯台や無線施設の建設を行い、官憲の常駐を開始
1965
竹島の帰属は棚上げにされる
2005島根県が「竹島の日」条例を制定
韓国の慶尚北道が「独島の月」制定
2012韓国の李明博大統領が竹島に上陸
日本の主張韓国の主張
・韓国の歴史文書の記載は信憑性が低い
・江戸時代から日本は竹島を利用していた
・1905年の閣議決定に対して韓国からの抗議はなかった
・GHQの指令は領土の最終決定ではない
・サンフランシスコ平和条約において、竹島は日本領土であると認められており、米国をはじめ国際社会の承認を受けている
・古来より韓国領との歴史文書が多数ある
・江戸時代に鳥取藩に属さないとの回答書がある
・1877年の日本の太政官指令(政府公式文書)で独島は自国領ではないとある
・1905年の日本の閣議決定は朝鮮の植民地化の流れで行われており無効である
・戦後、GHQは日本の領域から独島を切り離している



  

   サンフランシスコ平和条約において領有を放棄していない

   沖縄の一部として米軍の施政権の下に置かれる

    →沖縄返還に伴って日本が実効支配

     施政権返還後、中国が領有権を主張

      1968年に海底調査により石油・天然ガス資源の存在を確認

      1972年にで尖閣諸島も日本の領土に

      2012年には日本政府が尖閣諸島を国有化

できごと
1895明治政府が無人島であった尖閣諸島を沖縄県に編入
1952
アメリカの施政下に入る
1968尖閣諸島周辺の海底調査により
1971中国、台湾(中華民国)が尖閣諸島の領有を主張
1972で尖閣諸島も日本の領土に
2010尖閣諸島沖合で海上保安庁巡視船と中国漁船が衝突
2012日本政府が尖閣諸島を国有化
2013中国が尖閣諸島を含めた地域を防空識別圏に設定
2016中国の軍艦が尖閣諸島周辺海域を航行
日本の主張中国の主張
・日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らか
・尖閣諸島は台湾の一部になったことはない
・尖閣諸島に関しては領有権の問題は存在していない
・釣魚島は明の時代に発見され、台湾の付属島嶼である
・尖閣諸島は中国の大陸棚に存在しており、中国大陸と不可分である



  問題

   「島か岩か」

    日本:国連海洋法条約の島の定義から沖ノ鳥島を島と扱っている

    中国:「人間の居住……を維持することはできない岩は、排他的経済水域を有しない」

   この島がなくなると、約40km²の排他的経済水域を失う 

    →護岸工事を行うことで排他的経済水域の縮小を防ぐ


 日本の領域と領土問題

  A:    B:    C:

  D:   E:    F:


国名排他的経済水域の面積国土比
アメリカ762万km²約0.8倍
オーストラリア701万km²約0.9倍
インドネシア541万km²約2.8倍
ニュージーランド483万km²約17.9倍
カナダ470万km²約0.5倍
日本447万km²約11.7倍



非国家主体の登場

 19世紀半ば以降、経済の国際化に伴い、国内政策の国際協調が必要となる

 20世紀以降、平和の維持を目的とする国際機構も設立される~

  第二次世界大戦後

   などの地域機構が設置される

    とくにヨーロッパでは加盟国の権限が部分的にEUに委譲される

     e.g.共通貨幣の、加盟国内での移動がパスポートなしで可能になるなど

     cf.イギリス~EU離脱(

 非国家主体:地域機構や国際機構の他に、などが挙げられる

  NGO~「国境なき医師団」「アムネスティ・インターナショナル」など

1961年に設立され、政治的中立の立場から様々な人権侵害問題に取り組んでいる。特に、死刑制度反対の活動は有名
各国の赤十字社などの総称
1863年に戦場での負傷者保護を目的に設立され、現在は災害被災者の救援や医療・保健活動に取り組む
1971年に設立され、世界各地の災害被災地、紛争地に医師や看護師を派遣し救急医療分野の活動を行う
2007年、各国政府に対して核兵器禁止条約の交渉開始・支持を訴える活動を行う目的で設立されたNGOの連合体
1989年に設立され、現在、世界の約2分の3の国、1000を超える環境保護団体から構成され、地球温暖化防止に取り組む



 主な多国間条約

分野条約名締結日本批准内容
国際関係1945年1956年国連の設立目的・組織・機能などを定めた国際組織の憲法
国際関係外交関係に関する1961年1964年在外公館・外交官の保護や外交使節の特権など
人権1951年1981年迫害を受けるおそれがあるため祖国を逃れた人々の保護
人権1966年1979年世界人権宣言の内容を条約として具体的に保護
人権1965年1995年人種、皮膚の色、民族・種族的出身に基づく差別の禁止
人権1979年1985年男女の実質的平等のために性差別の撤廃をめざす
人権1989年1994年18歳未満の子どもの権利を保護し、保護者の責任を明記
領域1944年1953年締約国の領域上の空間での主権を確認
領域1959年1961年領有権、請求権を禁止し、科学的調査の自由を認める
領域1967年1967年宇宙空間の探査と利用の自由、大量破壊兵器配置の禁止
領域1982年1996年領海設定、公海自由の原則、海洋での各国の行動規則
環境1971年1980年水鳥とその生息地として国際的に重要な湿地の保護
環境1972年 1992年世界の文化遺産・自然遺産を未来にのこす財産として保護
環境1973年1980年絶滅のおそれのある野生生物の種の国際取引を規制
環境1992年1992年二酸化炭素を減らし、地球温暖化を防止

 

 国際法と国内法の優位性

  国際法は国内法のうち、法律や法律より下位の法(条例、命令など)よりは優越する

   国際法と憲法の場合、国内法の最高法規である憲法が優越する

   ポツダム宣言やサンフランシスコ平和条約などの国家の基幹を形成する条約

    →例外的に憲法よりも優越するという見解が有力



監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-28