第9章 国際政治の動向と課題

無主地の先占

無主地の先占

無主地の先占とは何を意味するのか

無主地の先占とは、どの国にも属していない土地を、国家が平和的に占有して自国領とする考え方を指す。ラテン語の terra nullius は、誰のものでもない土地という意味である。整理編にも、近代ヨーロッパ諸国が海外進出の中で無主地の先占を領有の根拠にしたとあった。

この考え方では、既に他国の主権が及んでいる土地を奪うのではなく、まだ主権の帰属が定まっていない土地を占有することが前提になる。したがって先占は、征服や割譲とは異なる、原始的な領土取得方法として国際法で論じられてきた。

どのような条件で領有が認められるのか

古典的な国際法では、先占が認められるためには、単に旗を立てただけでは足りず、領有意思と実効的支配が必要だと考えられてきた。ブリタニカも、terra nullius の占有には継続的で争いのない主権行使が関わると整理している。つまり、その土地を自国領とする意思を示し、行政や統治を実際に及ぼしていることが求められる。

この点は東部グリーンランド事件などでも重視された。広大で人口の少ない地域では、人口密度や地理条件に応じて実効支配の程度は変わるが、それでも一定の公権力行使が必要だとされる。先占は発見だけで完成するのではなく、支配の事実によって裏づけられなければならない。

なぜ先に占有した者の領土とする原則が成立したのか

この原則が成立した背景には、大航海時代以降のヨーロッパ諸国の海外進出がある。新しい土地や航路をめぐる競争の中で、武力衝突を避けつつ領有を正当化する法理が必要になった。そこで、誰の主権にも属していない土地であれば、先に占有し統治した国が領有できるという考え方が広がった。

しかしこの原則は、中立的な法理というより、当時の植民地拡大を正当化する役割も果たした。ヨーロッパの国家体系に入っていない社会や先住民社会を、主権を持たないものとして扱い、空白地のように見る発想がその背後にあったからである。

無主地とはどのような状態を指すのか

無主地とは、本来はどの国家の主権にも属していない土地を指す。だが実際には、そこに人が住んでいるかどうかだけで決まるわけではない。古いヨーロッパ中心の国際法では、先住民社会に国家と同じ形の政治組織がないとして、居住地であっても terra nullius と扱うことがあった。

先占はどのように国際法上証明されるのか

先占を主張する側は、領有の意思と実効支配を示す資料を出さなければならない。具体的には、行政文書、法律の適用、租税徴収、警察権の行使、港湾管理、地図、外交抗議、住民統治の記録などが証拠になる。単なる到達や発見の記録だけでは、現代の紛争では弱い。

また、他国が長期間異議を出していないかも見られる。逆に相手国が継続して抗議し、自国の統治記録を示していれば、先占の主張は弱くなる。領有の法理は抽象的でも、実際の争点では細かな行政行為と外交文書の積み重ねが決定的になる。

植民地時代の先占は正当といえるのか

今日の観点から見ると、植民地時代の先占をそのまま正当とみなすことは難しい。整理編も、先住民がいても無主地として占有できるという理屈は、植民地主義の正当化にすぎないと述べていた。ヨーロッパ流の国家像を基準にして先住民社会を法の外へ置いた点で、極めて偏った考え方だったからである。

現代では、先住民族の権利や民族自決の考え方が強まり、terra nullius の論理は強く批判されている。オーストラリアでもマボ判決が terra nullius の考え方を否定したことで知られている。したがって植民地時代の先占は、当時の帝国主義秩序を映す法理として読む必要がある。

現代の国際社会において先占は認められるのか

現代でも理論上、真にどの国家にも属さない土地があれば先占の議論は成り立ちうる。だが実際には、地球上でそのような土地はほとんど残っていない。しかも自決権、先住民族の権利、非植民地化の原則が確立した現在、有人地域を terra nullius と扱う余地は極めて狭い。

そのため現代国際法で先占が前面に出る場面は限られ、領土紛争ではむしろ条約、歴史的権原、実効支配、境界画定、自決権との関係が主な争点になる。先占は消えた概念ではないが、植民地時代のような広い正当化原理としては通用しにくくなっている。

領土問題において先占はどのように争点となるのか

領土問題では、相手国が主権を及ぼしていなかったので自国が先に有効に占有したと主張する形で、先占の論理が持ち出されることがある。とくに島や無人地帯をめぐる紛争では、いつから誰が行政権を行使していたか、他国が抗議したかが細かく争われる。先占の議論は、実効支配や歴史的権原の議論と結び付きやすい。

この点を後から大きく修正したのが、1975年の西サハラに関する国際司法裁判所の勧告的意見である。ICJ は、社会的・政治的組織を持つ部族や人民が住む土地は terra nullius ではなかったと述べた。つまり現代の国際法では、人が暮らし、社会的組織を持つ土地を簡単に無主地とはみなせない。

ただし現代の領土紛争では、単純に先に見つけた、先に上陸したという主張だけでは弱い。住民の存在、条約の文言、国際裁判所の判断、植民地支配の歴史、民族自決の問題まで含めて検討される。無主地の先占は今も領土法の基礎概念として残るが、現代ではそれだけで結論が決まる時代ではない。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-06
参考資料・一次情報
  • 山川『詳説世界史研究』
  • 山川『世界史図録』
  • 各分野の教科書・資料集・一次資料