第2章 日本の姿

領空

領空

領空とはどのような空間なのか

領空(りょうくう)とは、一国の領土と領海の上空にある大気圏内の空間であり、その国の主権が完全に及ぶ空域のことである。1919年のパリ航空条約(航空に関する条約)で初めて「各国は自国領域上の空間について完全かつ排他的な主権を有する」という原則が国際条約として明文化された。これは現行の国際民間航空条約(シカゴ条約、1944年)にも引き継がれており、外国の航空機は沿岸国・接地国の許可なく領空内を飛行することができないとされている。領空の横の範囲は領土と領海に対応しており、縦(高度)の上限については国際条約上の明確な定めはないが、実用的には宇宙空間が始まるとされるカーマン・ラインの高度約100キロメートルが非公式の目安とされることが多い。


領空主権の原則はどのようにして確立されたのか

領空主権の原則が初めて国際条約として確立されたのは1919年のパリ条約においてであるが、その考え方はそれ以前から存在していた。1783年に気球による有人飛行が実現してから、上空を自由に飛行できるかどうかという問題が法的に意識されるようになった。19世紀末から20世紀初頭にかけて、各国は自国上空の空間に対する主権を主張し始め、1914〜18年の第1次世界大戦では航空機が軍事兵器として使用されたことで、領空主権の軍事的重要性が鮮明になった。戦後の1919年、国際連盟の後援のもとで開催されたパリ国際航空会議で「各国は自国領域上の空間に対して完全かつ排他的な主権を持つ」という原則が採択され、1944年にはシカゴ条約としてより包括的な国際民間航空秩序が整備された。この原則は現在まで維持されており、各国政府は自国領空を自由に管理・閉鎖できる権利を持つ。


領空の水平的範囲はどのように決まるのか

領空の水平的範囲は領土と領海に対応する。陸地(領土)の上空は領空であり、沿岸から12海里の領海の上空も領空である。一方、12海里を超えた接続水域(12〜24海里)や排他的経済水域(200海里以内)の上空は領空ではなく、いずれの国も自由に飛行できる「公海上空(公空)」として扱われる。これは海洋においては排他的経済水域を設けても船舶・航空機の通航は認められるという国際法の原則に対応している。島国である日本の場合、4つの主要島と1万以上の島嶼を含む領土・領海に対応した複雑な形状の領空が設定されている。また、対馬海峡・津軽海峡・宗谷海峡などの国際海峡上空については、国際海峡の「通過通航制度」に準じた「上空飛行の自由」が認められる場合がある。


領空侵犯と日本の対応はどのようなものか

領空侵犯(りょうくうしんぱん)とは、外国の航空機が当該国の許可なく領空内に進入する行為のことである。領空侵犯があった場合、沿岸国は当該機に対して識別・警告・誘導・追跡などの措置を取ることができ、場合によっては撃墜することも国際法上認められているとする見解がある(ただし撃墜は非常に慎重に行われるべきものであり、実際には民間機に対する撃墜はほとんど行われない)。日本では航空自衛隊が24時間365日、全国に展開するレーダー網と戦闘機部隊でスクランブル(緊急発進)体制を維持しており、不審機や識別不明機が接近・侵入した場合に即時対応できる態勢を整えている。2023年度には約669回のスクランブル発進が記録されており、そのうち約半数が中国機への対応で、次いでロシア機への対応が多い。1983年には大韓航空007便がソ連領空を侵犯してソ連軍機に撃墜された事件が起き、乗客乗員269名全員が死亡する国際的大事件となり、民間機の領空侵犯問題の深刻さを示した。


宇宙空間との境界と宇宙法の問題はどのようなものか

領空の上端(上限の高度)については、現行の国際法上の明確な規定が存在しないことが大きな法的問題となっている。慣習的にはカーマン・ライン(高度約100キロメートル)が領空と宇宙空間の非公式な境界とされることが多いが、これは科学的・工学的な基準であり国際条約で明文化されてはいない。一部の国は高度80マイル(約130キロメートル)を境界と主張しており、統一的な国際合意はない。宇宙空間については1967年の「宇宙条約(Outer Space Treaty)」によって「国家による領有(クレーム)の禁止」が定められており、月・惑星・宇宙空間は特定の国の領空・領土とはなりえない「人類の共同遺産」とされる。しかし近年の商業宇宙旅行・宇宙資源採掘の活発化とともに、宇宙空間の利用権・管轄権をめぐる法的議論が活発になっている。また弾道ミサイルは宇宙空間(100キロメートル以上)を通過して攻撃するため、「宇宙空間を通過する弾道ミサイルを領空侵犯として扱えるか」という安全保障上の問題も提起されている。


発展:領空と航空の自由化はどのようにつながっているのか

領空主権の原則がある一方で、現代の国際航空は「航空協定(空の自由)」によって実際の運航が調整されている。「オープンスカイ協定」とは、二国間または多国間で航空路線の開設・運航便数・運賃などを自由化する協定のことであり、2024年時点で日本はアメリカ・EU・シンガポールなど多くの国・地域とオープンスカイ協定を締結している。航空の自由には「フリーダム・オブ・ジ・エア(Air Freedoms)」という分類があり、第1の自由(他国上空飛行権)から第9の自由(国内旅客輸送権)まで段階的に定義されている。商業航空の発展とともに各国は領空主権を維持しつつも協定による相互開放を進めてきた。EU(欧州連合)内では「単一欧州空域(SES)」として加盟国間の領空管理を一体化する試みも進んでいる。このように「領空主権」という閉鎖的な原則と、「航空の自由化」という開放的な要請の間の均衡が、現代の国際航空秩序の基盤となっている。


領空侵犯の具体的な事例と日本の対応はどのようなものか

日本の領空侵犯で最も有名なのは1987年の「松山侵犯事件」であるが、より重大な事例として1983年の「大韓航空機撃墜事件(KAL007便)」が挙げられる。この事件はソ連の戦闘機がサハリン(樺太)上空を飛行中の韓国民間機を撃墜したもので、乗客乗員269名全員が死亡した。機が誤ってソ連領空を侵犯したことが原因の一つとされており、「領空侵犯への武力対応」の危険性を世界に示した。

日本で最も多い領空侵犯への対応は「緊急発進(スクランブル)」である。航空自衛隊は領空に接近する不審航空機に対して戦闘機を緊急発進させ、識別・警告・退去誘導を行う。2023年度の緊急発進回数は約669回に達しており、中国機・ロシア機への対応が大半を占める。

2022年以降、ロシア軍機(爆撃機・哨戒機)と中国軍機(爆撃機・偵察機)が共同で日本周辺を飛行するケースが増加している。これは日露・日中それぞれへの個別対応だけでなく、中露連携への警戒という新たな安全保障課題を生んでいる。日本政府は外交上の抗議と自衛隊の態勢強化(南西諸島への部隊配備など)の両面で対応している。


宇宙空間との境界と宇宙法の問題はどのようなものか

領空の上端(上限の高度)については現行の国際法上の明確な規定が存在しない。慣習的にはカーマン・ライン(高度約100キロメートル)が大気圏と宇宙空間の境界とされており、国際航空連盟(FAI)もこの基準を採用している。しかしアメリカ航空宇宙局(NASA)は80キロメートルを宇宙飛行の定義として使用しており、統一されていない。

宇宙空間は1967年の「宇宙条約(Outer Space Treaty)」によって「いかなる国の主権にも属しない」とされており、領空の原則(完全主権)が適用されない空間とされている。ただし「宇宙空間がどこから始まるか」が法的に確定していないため、高高度を飛行するX-37B(米軍の無人宇宙機)・高高度滑空ミサイル(HGV)の通過は領空侵犯になるかどうかが問われる場合がある。

近年急増している商業打ち上げロケットや低軌道衛星(SpaceXのStarlinkなど)は他国の上空を通過して打ち上げられるが、現在は「宇宙空間の自由通過」の原則により各国の領空問題は生じていない。ただし偵察衛星・軍事衛星が他国の真上を周回することへの規制議論もあり、宇宙空間における国家主権の問題は21世紀の国際法の新たなフロンティアとなっている。


航空協定と「空の自由」はどのようなものか

領空主権の原則(他国の航空機は無断で自国領空を飛行できない)の下で、国際航空は二国間・多国間の「航空協定(Air Services Agreement)」によって成り立っている。1944年の「シカゴ条約(国際民間航空条約)」は国際航空の基本的なルールを定め、国際民間航空機関(ICAO)を設立した。

「空の自由(Freedoms of the Air)」は航空協定で規定される航空機の運航権利の体系であり、第1の自由(領空の無害通過)から第9の自由(他国内の路線を外国航空会社が運航する権利)まで段階的に区分されている。日本はアメリカとの間で「オープンスカイ協定」(2010年)を締結し、相互に就航路線数・便数・運賃などの制限を大幅に緩和した。

日本はICAOの理事国として国際的な航空安全基準の設定に積極的に関与している。また日本の国内航空(ANAやJAL)は日米オープンスカイ協定を活用して太平洋路線を拡大してきた。領空主権の原則が基礎にあるからこそ、航空協定という「国家間の相互開放」が重要な意味を持つ。


日本の防空識別圏(ADIZ)と領空の違いはどのようなものか

「防空識別圏(Air Defense Identification Zone, ADIZ)」とは、国家が軍事的脅威を早期に察知するため、領空の外縁(領海の外側・公海上空)にまで拡張して設定した「監視・識別ゾーン」のことである。ADIZは国際法上の根拠を持つ公式な制度ではなく、各国が独自に設定する慣行として存在している。

日本はアメリカの指導のもと1969年に防空識別圏を設定しており、沖縄・南西諸島方向に広がる扇形の範囲をカバーしている。中国は2013年に東シナ海上空にADIZを設定し、尖閣諸島周辺を含む日本のADIZと重複する範囲を一方的に包含した。中国のADIZ設定には日本・アメリカ・韓国が強く抗議し、現在もこの問題は未解決のままである。

ADIZは领空ではないため、ADIZに入った外国航空機を撃墜する法的根拠はない。ただしADIZを通過する際に「飛行計画の提出・無線通信の維持・トランスポンダー(識別信号発信器)の作動」などを求める国が多く、これに従わない場合に「不審機として対処する」という運用がとられている。中国の「ADIZ設定に従わなければ防衛措置をとる」という宣言に対し、日本・アメリカは「ADIZに国際法上の拘束力はない」として民間・軍用機ともに通常通り飛行を継続している。


無人機(ドローン)と領空主権の新たな課題はどのようなものか

2010年代以降、民間・軍事の両分野で急速に普及した無人機(ドローン・UAV)は、領空主権に新たな課題をもたらしている。小型民間ドローンは比較的低コストで領空(特に低高度の空域)を飛行できるため、無許可での国境付近の撮影・物品輸送・偵察が問題となっている。日本では2022年に「航空法の改正」によりドローン飛行に関する規制が大幅に強化された。

軍事ドローン(UAV)の領空侵犯は安全保障上の重大問題となっている。2022年に日本の排他的経済水域内(秋田沖)で中国軍の無人機(BZK-005型)が領空に極めて近い位置を飛行したことが確認され、日本政府が抗議した。小型の軍事ドローンは従来の航空機と比べてスクランブル発進による対処が難しく、新たな防衛技術(対ドローン電波妨害・レーザー兵器など)の開発が急務となっている。

宇宙から見ると地球全体をカバーする偵察衛星は事実上のあらゆる国の「上空偵察」を行っているが、これは「宇宙条約」のもとで合法とされている。しかし高高度気球(スパイバルーン)は宇宙空間ではなく「領空に近い高度(成層圏)」を飛行するため、より直接的な領空主権の問題を引き起こす。2023年2月にアメリカが中国の偵察気球を撃墜したことで、「高高度飛行体と領空主権」をめぐる国際的な議論が活発化した。


日本の領空は日本の領土・領海の上空であり、その合計は膨大な空域となる。航空自衛隊は那覇(沖縄)・千歳(北海道)・小松(石川)・築城(福岡)・新田原(宮崎)など全国各地の基地に戦闘機を配備し、領空の監視・防衛を担っている。航空自衛隊のスクランブル発進回数(緊急発進)は年間600〜700回以上に達しており、中国機・ロシア機への対応がその大半を占める。領空管理は日本の安全保障において航空自衛隊の最重要任務の一つである。


領空の防衛において、航空自衛隊の戦闘機(F-15・F-2・F-35など)による「スクランブル(緊急発進)」は最重要任務の一つである。スクランブルとは、レーダーが捉えた不審な航空機(識別不明・計画外のルートを飛行中など)に対して戦闘機を緊急発進させ、接近・識別・警告・退去誘導を行う活動である。スクランブルの根拠法は航空法・自衛隊法であり、領空侵犯に対しては警告射撃・強制着陸の措置をとることも可能とされている。実際に日本が警告射撃を行ったことはほとんどない。


領空の意義と航空機の通過ルール

領空は国家の主権が及ぶ空間的な領域であり、外国の航空機が領空内を飛行するためには原則として当該国の許可が必要である。民間航空機については「シカゴ条約(国際民間航空条約)」に基づき、定期航空路線の開設には二国間の航空協定が必要とされる。一方、軍用機や国家航空機の通過は各国の裁量に委ねられており、領空侵犯があった場合は戦闘機がスクランブル発進して対応する。日本の防衛省・航空自衛隊は毎年数百件のスクランブルを実施しており、領空の守りは安全保障上の重要な任務となっている。宇宙空間については条約上の領空の上限は明確に定められておらず、人工衛星の軌道飛行は領空侵犯とは扱われていない。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-28