第2章 日本の姿

色丹島

色丹島

色丹島とはどのような島なのか

色丹島(しこたんとう)とは、北海道の根室半島の東方沖に位置する島で、北方領土を構成する4島(択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島)の一つである。北方領土の中では3番目の大きさであり、面積は約253平方キロメートル(東京都の約12%)と比較的小さな島である。行政区分では北海道根室郡色丹村に属する日本固有の領土であるが、1945年のソ連による占領以来、ロシアが不法占拠している。島の最高点は留夜別山(留夜別山)で約412メートル。島全体は海岸線が複雑に入り組んだリアス式海岸に近い地形を持ち、斜古丹湾(島の南西部)・穴澗湾(北部)などの入り江がある。現在は数百人のロシア人が居住している。


色丹島の歴史的経緯はどのようなものか

色丹島は江戸時代中期から日本人漁師が訪れており、特にサケ・マス・コンブ・昆布などの漁業が盛んな地域であった。1855年の日露和親条約で択捉島以南(色丹島を含む)は日本領として確認された。明治時代には定住が進み、色丹村として行政が整備された。1945年の最盛期には約1400人の日本人が居住していたが、ソ連の占領後に強制退去させられた。1947年にはソ連によって島名がロシア語の「シコタン島(Остров Шикотан)」に変更され、現在はロシア人・朝鮮系住民などが居住している。色丹島はその後ロシア政府によって水産加工基地として整備され、スケトウダラ・サバなどの水産加工業が島の主要産業となっている。1994年の色丹島沖地震(マグニチュード8.2)では島内に大きな被害が出た。


色丹島と日ソ共同宣言の関係はどのようなものか

色丹島が日本の北方領土外交で特別な意味を持つのは、1956年の日ソ共同宣言において歯舞群島とともに「平和条約締結後に日本へ引き渡す」と規定されているためである。この宣言はソ連(現ロシア)と日本の双方が批准した法的拘束力のある国際約束であり、現在もロシアを継承国家として有効であると日本政府は主張している。ただしその後の交渉では4島一括返還を主張する日本とロシアの間で合意が得られず、冷戦構造・国内政治・日米安保条約の存在などによって交渉は難航し続けた。2001年の伊藤政権期・2016〜18年の安倍政権期には日露首脳会談が頻繁に行われ、「2島先行返還」を軸にした交渉が行われたが、最終合意には至らなかった。2022年のウクライナ侵攻後、ロシアは交渉の一方的停止を宣言し、色丹島を含む北方領土問題は再び膠着状態に陥っている。


色丹島の現在の状況はどのようなものか

現在の色丹島にはロシア人を中心に約2000人程度(時期によって変動)が居住しており、主に漁業・水産加工業に従事している。島内にはロシアの行政機関・学校・医療施設が整備されており、ロシアの実効支配が継続している。島内には電気・水道などのインフラが整備されているが、本島(サハリン)から遠隔地にあるため経済的発展は限定的とされる。日本のテレビや雑誌では過去に色丹島に居住するロシア人の生活が取材・報道されることがあり、かつての日本人居住者が残した墓・神社跡などの痕跡が現地取材で確認されている。ビザなし交流では元島民や日本人研究者が色丹島を訪問する機会があったが、2022年以降のロシアによる交流停止でその機会も失われている。色丹島はコンブ・ウニなどの水産資源が豊富であり、日本の漁業権的観点からも重要な地域である。


色丹島の地理的・生態的特徴はどのようなものか

色丹島は亜寒帯海洋性気候に属し、夏季は霧・曇りが多く、冬季は積雪・流氷の影響を受ける。年間平均気温は約5〜6度と低く、農業には適さない環境であるが、豊富な海洋資源を背景とした漁業・水産業が経済の中心である。島の周辺海域はオホーツク海・太平洋に接し、親潮(千島海流)の影響を受けて豊かなプランクトンが育つ世界有数の好漁場となっている。陸上植生はタイガ(針葉樹林)とツンドラ(低木・草本類)が混在し、エゾシカ・北海道のキツネに近いキタキツネなどの野生動物も生息している。鳥類については、オオワシ・オジロワシなどの猛禽類が越冬地として利用していることが知られている。色丹島周辺の海域は日本の漁業者にとっても重要な漁場であり、北方領土返還後の漁業権・生態系保全は返還交渉の重要な検討事項でもある。


発展:色丹島をめぐる国際的な議論はどのようなものか

色丹島については、その法的地位・自然環境・歴史的経緯が複合した議論がなされている。法的観点では、1956年の日ソ共同宣言が歯舞・色丹の引き渡しを約束しているため、この2島の返還は他の2島(択捉・国後)に比べて法的根拠が明確だという議論がある。一方でロシア側は「島の引き渡しはロシア憲法改正なしには不可能」と主張しており、2020年の憲法改正で「領土割譲の禁止」が明文化されたことで、色丹島の引き渡しも実質的に困難となっている。環境的観点では、色丹島周辺は豊かな海洋生態系を持つ地域であり、返還後の日本による開発・漁業利用と自然環境保全のバランスをどう取るかという問題もある。社会的観点では、色丹島に現在居住するロシア人住民の権利・生活保障をどのように扱うかという問題(居住者の移住・居住継続・二重国籍など)も、返還後の具体的な課題として議論されている。


色丹島の地理的特徴と自然環境はどのようなものか

色丹島は亜寒帯海洋性気候に属し、夏季は霧・曇りが多く、冬季は積雪・流氷の影響を受ける。年間平均気温は約5〜6度と低く、農業には不向きな環境である。島内の地形は丘陵性で、最高点のノタサン山(標高412メートル)を中心に比較的起伏のある地形が広がる。

色丹島の面積は約255平方キロメートルで、北方4島の中で3番目の大きさである。海岸線は複雑に入り組んでおり、良好な天然の港湾(斜古丹湾・穴澗湾など)を持つ。これらの天然湾は漁船の避難港として古くから機能しており、色丹島の水産業を支えてきた。

周辺海域は親潮(千島海流)の影響を受けるため水温が低く、コンブ・ウニ・ホタテ・サケなどの水産資源が豊富である。かつては根室・釧路の漁業者が大量に出漁していた漁場であり、水産業が島の経済の中心を成していた。


色丹島が外交上重要な理由はどのようなものか

色丹島は1956年の日ソ共同宣言において歯舞群島とともに「平和条約締結後に日本へ引き渡す」とソ連が約束した島である。この宣言は国際条約として法的拘束力を持つとされており、日本・ロシア双方が有効であることを認めている。つまり北方4島の中で色丹島と歯舞群島については、ロシア自身が将来の返還を約束した法的文書が存在するという特殊な位置づけにある。

ただし日ソ共同宣言に基づく2島返還は「平和条約締結後」という条件が付いており、日露間の平和条約はいまだ締結されていない。1956年の宣言以来70年近くが経過しながら平和条約締結に至らない最大の理由は、日本が4島一括返還を求めてきたことと、ロシアが択捉・国後の返還に応じない姿勢を示してきたことにある。

2001年の「イルクーツク声明」では日露双方が日ソ共同宣言の有効性を確認し、2島返還+α(択捉・国後の扱い)について議論を継続することが合意された。しかし2022年のウクライナ侵攻後に日露関係が急速に悪化し、こうした外交的積み上げは停止された状態となっている。


色丹島の現在の状況と将来の展望はどのようなものか

現在の色丹島にはロシア人を中心に約2000人前後が居住しており、漁業・水産加工業が主な産業となっている。2006年以降にロシア政府の予算で島内インフラ(学校・病院・道路・電力設備)の整備が進められており、以前に比べると居住環境は向上している。

ロシア政府は2016年以降、色丹島を含む南クリル地域を「特別経済区(クリル自由港)」に指定し、税制上の優遇措置(法人税免除・社会保険料軽減など)を設けて企業誘致を図っている。水産加工施設・冷凍倉庫などの整備が進んでおり、日本資本による投資も議論されたが、2022年以降は事実上停止している。

日本では色丹島の返還シナリオについて、2島返還(歯舞+色丹)を優先して実現し、その後4島全体の問題を継続交渉するという「2島先行返還論」と、4島一括返還論が対立してきた。しかし2022年以降の日露関係の急激な悪化により、いずれの交渉シナリオも現実性を大きく失っている。


色丹島の元島民と日本の主張根拠はどのようなものか

色丹島には戦前、主に漁業に従事する日本人約7000人が居住していた。1945年のソ連占領後、住民は1946〜1949年の間に引き揚げを強いられた。多くの元島民は北海道根室・釧路・函館などに定住し、島への帰還を望みながら生涯を過ごした。

日本政府が色丹島を「日本固有の領土」と主張する主な根拠は次の通りである。第1に、1855年の日露和親条約で色丹島は択捉島と同様に日本側の領土として国境が確定された。第2に、日本は色丹島を実効的に支配し、行政・司法・税制・教育を実施してきた(1945年まで)。第3に、1956年の日ソ共同宣言でソ連自身が「色丹島は平和条約後に日本へ引き渡す」と約束しており、これはロシアも承継している。

これら三つの根拠のうち特に重要なのは第3の点であり、ロシアが条約上の義務として色丹島返還を約束しているにもかかわらずそれを履行していないことが、国際法上の問題として日本が強調する部分である。日本政府はこの論点を繰り返し外交上で主張し続けている。


色丹島の海洋環境と水産資源の価値はどのようなものか

色丹島周辺の海域は世界的にも有数の水産資源の宝庫として知られている。親潮(千島海流)と北太平洋の湧昇流によって栄養塩に富む冷水が供給され、コンブ・ウニ・ホタテ・タラ・カレイ・サケ・マスなどの多様な水産生物が繁殖している。かつてこの海域で操業した根室・釧路の漁業者にとって、色丹島周辺は生産性の高い一流漁場であった。

ロシアが実効支配する現在も、色丹島の水産加工業はロシアの民間企業が運営しており、一部の日本向け水産物も生産されている。水産物は主にサケ・マス・タラ・コンブなどで、ロシアからの輸出品として日本の食卓に届くこともある。

色丹島の水産資源は北方領土全体の「返還後の経済的価値」の議論でも重要な要素として取り上げられる。日本の水産業者が自由に操業できるようになった場合、色丹島周辺の海域は日本の水産業に大きな恩恵をもたらすと試算されている。特に根室の水産業者は「北方領土返還が根室の経済復活のカギ」として期待を寄せており、地元経済と北方領土問題は深く結びついている。


色丹島の文化的・生活的記憶と元島民はどのようなものか

色丹島にはソ連占領以前、約6500〜7000人の日本人が居住しており、主に漁業・農業・林業に従事していた。島の主要な集落は斜古丹(しゃこたん)・穴澗(あなま)・別飛(べっとぶ)などであり、小学校・中学校・郵便局・巡査派出所なども整備されていた近代的な地域社会であった。

元島民は1946〜1948年の強制引き揚げで島を離れ、多くが根室・釧路・函館などに移住した。現在生存する元島民(当時に生まれ育った世代)はほとんどが90代以上となっており、世代交代が進んでいる。色丹島への帰還・返還を求める運動は元島民の子孫・根室市・千島連盟が中心となって継続している。

色丹島の現在の居住者は約2000人前後のロシア人であり、漁業・水産加工業が主な生業となっている。ロシア政府の「南クリル開発プログラム」の下で2000年代以降にインフラが大幅に整備され、学校・病院・電力設備・道路などが近代化された。ロシア側の投資により島の居住環境は改善されており、これが「返還交渉のハードルを上げる」という問題も指摘されている。

色丹島では温泉が湧出しており、ロシアの観光開発として利用されている。また島周辺の海域にはコンブ・ウニ・ホタテ・サケが豊富であり、現在もロシア漁業者が日本向けに輸出する水産物を生産している。日本の食料品店に並ぶ「ロシア産コンブ・ウニ・タラバガニ」の一部は、かつての日本領土であった北方4島周辺海域で採取されたものである可能性が高い。


色丹島の地理的・軍事的な位置づけはどのようなものか

色丹島は北緯43度51分〜44度06分・東経146度43分〜147度01分の範囲に位置し、北海道根室半島の納沙布岬から東南東約150キロメートル、国後島から南西約100キロメートルの位置にある。面積は約255平方キロメートルで、北方4島の中では択捉島・国後島に次ぐ3番目の大きさである。

ロシアは2016年以降、色丹島を含む南クリル地域への軍事展開を強化しており、択捉島・国後島への地対艦ミサイル・防空ミサイルシステムの配備が確認されている。色丹島自体は地形が比較的穏やかで防衛施設の整備には国後島・択捉島が優先されているが、対潜哨戒・海峡監視の観点から戦略的価値を持つとされる。

日ソ共同宣言で返還が約束された色丹島・歯舞群島が実際に返還された場合、この地域でのロシアの軍事活動がどう変化するかは安全保障上の重要な課題である。日本政府は「返還後の島に米軍基地は置かない」と示したこともあるが、法的・制度的な確約には至っていない。色丹島の返還は「2島先行返還」シナリオの核心であり、その後の4島への展開を左右する重要な第一歩と位置づけられてきた。


監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-28