ギリシアの思想
ギリシア思想の成立
ギリシア思想の背景には何があったのだろうか?
ギリシア思想の成立
紀元前8世紀に各地にが成立
ギリシア市民はポリスの独立・自治に関わり、自由を重んじた
地中海沿岸の各地にポリスを建設(植民活動)
交易を活発に行い、東方のオリエント文化とも接する
古代ギリシアでは奴隷の存在が一般的
→市民がを得て、討論や学問をさかんに行う
自由な精神と異文化との接触によって、さまざまな思想が萌芽
哲学の語源:~「知恵を愛する」
理性による目で物事の本質や真理を観る
神話から哲学へ ――コスモスの発見
ギリシア人の世界観はどのように変わっていったのだろうか?
古くはによってものごとを考えていた
古代ギリシア神話の発達
→やその他の神々のはたらきと結びつけられてものごとが説明された
e.g.:『』『』
:『』『』
cf.オリンポス12神:、ヘラ、アテナ、アルテミス、アフロディテなど
人間は神々として対比され、死すべきものとしての有限なあり方が強調
に陥ることなく人間としての分をわきまえた生き方が説かれる
イオニアの登場
紀元前6世紀初頭に小アジア・イオニア地方で新しい考え方をもつ人々が現れる
→の始まり
神話的世界観を排し、自然の世界を秩序ある存在と捉える()
秩序の根拠についても人間ののはたらきによって把握される
:ゆるぎない秩序をもつ自然の世界
「」
自然哲学
自然哲学では何の真理を探究したのだろうか?
万物のが何なのかを探究する
cf.ヒストリア:元々は「調査・探究」の意
ヘロドトスが歴史書の表題に用いたことから「歴史」という意味をもつように
代表的な自然哲学者
最初の哲学者
万物の根源をとする
世界の秩序の根拠をとする
数的な比(ロゴス)に基づく調和(ハルモニア)の存在
万物の原理をとする
「万物は流転する」
・・・の四元を万物の構成要素と捉える
万物の根源をとする
、の始まり
万物の根源を「無限なるもの(ト・アペイロン)」「無規定的なもの」とする
万物の根源をとする
を批判
「あるもの」のみがあり、「あらぬもの」は考えることも語ることもできない
変化や生成消滅の実在性を否定し、「あるもの」が永遠、不動であると主張(存在一元論)
によって論を補強される
e.g.飛ぶ矢のパラドックス、アキレスと亀
ギリシア思想の発達の背景
ギリシア思想の発達の背景には何があったのだろうか?
自然よりも人間と社会のあり方に関心が向けられるようになる
アテネの成熟:ペリクレスの指導の下、ギリシアの政治・文化の中心地となる
ソフィストたちの登場
人々に真実と思われることを重視
ソクラテスの登場
真実そのものを追求し、人間の生き方についての普遍的真理が存在すると考えた
自然から人間・社会へ
ソフィストは真理についてどのような考えをもっていたのだろうか?
アテネの政治的成熟
民主政が進展し、最下層の市民たちも発言権を強める
政治的指導者になるためには、民会や裁判で大勢の人々を説得する必要があった
人間として秀でて卓越していること(、)が雄弁であることを意味した
→と呼ばれる職業的教師の登場
「」を標榜し、説得的な弁論術のための知識・技術を教えた
ソフィストの主張
人々を説得することだけをめざし、人々に真実と思われることに関心が向けられる
「」
客観的・普遍的真理を否定し、の考え方をあらわす
=ものごとがどうあるのかは個々人の考え方・感じ方によって決まる
「何もない、あるとしても人間には把握できない、把握できたとしても伝えられない」
を展開
弁論術によって真理を相対化
がそれ自体で存在する絶対性と普遍性を有している
⇔は人間がつくりだしたものであり、相対性・人為性を有している
道徳や法律の基礎にある善・悪や正・不正などの区別も絶対的な根拠をもたない
人々の価値観に混乱をもたらす
よく生きる―ソクラテス―
ソクラテスは善く生きるためにどのように人間の生き方を考えたのだろうか?
の登場~「」に新しい意味を与える
デルフォイの神託:「ソクラテスに優る知者はいない」
ソクラテスは自らを知者でないと思っていた
信託の意味を探ろうとして名高い政治家や詩人をたずねる
→彼らは知者でないのに知者だと思い込んでいる()ことに気づく
「人間のなかで最大の知者とは、自分が無知であることを自覚する者」だと理解
cf.「」:デルフォイの神殿に刻まれた言葉
に対して、人間は無知である
:無知を自覚するがゆえにあくまで知を求める
人間にとっての知の原点としての積極的な意味
無知を自覚させるためにソクラテスが用いた方法
対話(ディアロゴス)を通じて、相手に知っていると思っていることを述べさせる
問いを発して答えを求めていくうちに、もとの考えが誤っていると気づかせる
→自ら真の知を見出すように導いた
ソクラテスが真の知を探求する目的
知ることが人間の生き方・あり方の全体にかかわると考えた
「」ことが人間にとって大事なことである
肉体や財産、地位は付属物に過ぎず、真の自分はである
→人間は魂をよくすることによって善く生きることができる()
~「」
人が善や正を知れば、それを知る魂そのものがよくなる
→魂の優れたあり方であるが実現する
善や正を知ることで、よいおこないや正しい行いを実行する
真の意味で善く生き、幸福に生きることができる
人々との問答を通じて善や正とは何かを探求
青年たちを堕落させたという罪状で告発され、死刑を宣告される
刑の執行まで期間があり、友人が亡命を勧めたのにもかかわらず毒杯を仰ぐ
善く生きることにはポリスの法を守ることも含まれる
誰も死を経験したことがないのだから、それを恐れることは「恥ずべき無知」である
ソクラテスに関する史料は弟子が残したもの
e.g.『』
理想主義 ―プラトン―
プラトンは善く生きるためにどのように人間の生き方を考えたのだろうか?
プラトン
ソクラテスの弟子
『』『』『』『』などを著す
と呼ばれる独自の考え方に基づいて的な哲学を展開
と呼ばれる学校を設立
現実にある一つひとつの存在の原型として、によってのみ把握できるが存在する
普遍的なものは目や耳などを通じたではなく、理性によって認識できる
感覚を通じて得られる個々のものはであるとした
変化を繰り返す不完全なと永遠に変わらない理想のが存在する(二世界説)
:イデアを統一する最高のイデアとする
現象界とイデア界を洞窟の中とその外の世界に喩える
囚人は現象界である洞窟の壁に映る影絵を本物だと思い込む
呪縛を解いて振り返れば外には様々なイデアがあることを知ることができる
e.g.太陽:
人間の魂は誕生する以前にイデア界に存在し、その記憶をとどめている
→この世に生まれる際に肉体という牢獄に閉じ込められる
魂にはかつて接したイデアへの思慕の情()がある
:イデアに似たものを認識するとイデアの記憶が呼び覚まされる
イデア界を学んで知ることが、幸福につながる人間の本来の生き方である
国家の理想
・・の3階級
:の徳 :の徳 :の徳
→の欲が制御されて3つの階級が協調するとき、が成り立つ
:イデアを認識する哲学者が統治しなければならない
人間の魂にも国家と同じ構造があるとする
:イデアを認識する :肉体にかかわる :意志のはたらきをなす
の徳に対応 の徳に対応 の徳に対応
魂全体の秩序と調和が保たれるとき、魂全体の徳であるが実現される
:・・・の4つの徳
※ペロポネソス戦争敗戦後のアテネの政治的混乱とソクラテスの処刑
理想の政治について思索し、哲学の必要性を述べた
現実主義 ―アリストテレス―
アリストテレスは善く生きるためにどのように人間の生き方を考えたのだろうか?
アリストテレス
『ニコマコス倫理学』『形而上学』『政治学』
プラトンの弟子~「万学の祖」
的な思想を展開
を創設
感覚でとらえられる具体的な個物こそ実在であり、本質は個物に内在する
素材をとし、個々の事物に内在化している本質をと呼ぶ
形相の種類
:事物の形相が実現された状態
:形相がまだ現実化していない状態
諸事物は質料のうちに可能的にある形相が現実化するものとしてとらえられる
e.g.樹木
形相は実現されるべき目的
→:事物の運動・変化を始める原因 :事物の運動・変化が目指す終極
自然自体はさまざまな形相・目的が関連しながら階層を形成
後に中世キリスト教神学に取り入れられる
人間の形相を魂ととらえる
動物のうちで人間だけが(ロゴス)をもつ
人間の本質を理性に求めた
魂・理性の本来のあり方を現実化することが、人間にとっての善と幸福が実現することにつながる
徳の体系
勇気・節制・正義など
善い行為を反復してとして身につける
感情や欲望が理性の指示にしたがう状態
→過不足を避けてを選択する
e.g.勇気:無謀と臆病の両極端を避け、その時々に応じて最高・最善のあり方を選択
教育や経験を通じて理性が十分にはたらくようになった状態
e.g.:行為の善悪を判断する
理性を純粋にはたらかせ、そのことを楽しむが人間の本質を完成させる
人間の生き方の分類:享楽的生活、政治的生活、観想的生活
→を最高の生き方としている
こそが最高善であり、知を求める生活こそが最高善である
個人にとっての善と共同体にとっての善とは切り離すことはできない
各共同体で共通されるのつながりによって、個人のが実現
「」
人間は本来ともに生きる存在であり、ポリスという共同体のなかでのみ生活できる
→と()を重要視した
正義の分類
法を守るという広義の正義
人々の間に均等(公平)が実現される正義
:名誉や財貨などを各人の功績や働きの違いによって配分
:裁判や取引などで当事者たちの利害・得失が均等になるように調整
「友人たちには正義は必要ないが、正義の人たちにはさらに友愛が必要である」
お互いの善さに基づいて成り立つものが真のである
cf.「友人はもう一人の自己」