南アジアの古代文明
どのような地理的環境が、南アジアの多様性を生み出したのだろうか?

南アジアの風土と人々
現代ではインドやパキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、スリランカなど
北部には、南部にはが広がっている
西側には、東側にはが広がっており、その中央部にはが位置
:アフガニスタンのカーブルとパキスタンのペシャワールを結ぶ
アフガニスタンを北東から南西に走るの周辺地域
→古くから重要な交易路として発達
気候:の影響を受けて雨季と乾季が分かれている
→雨季では稲やヒエ・アワ、乾季ではを栽培
を組み合わせる
北部地域~夏と冬とのあいだで激しい寒暖差
南部地域~年間を通して気温が高い
文化圏:北部のと南部のに分かれる
古くから異民族が侵入を繰り返したが、
インダス文明
南アジア最古の文明が栄えたのは、どのような場所だったのだろうか?
前2600年頃におこった
の人々によって形成されたと推定される
遺跡
シンド地方の(インダス川中流)
パンジャーブ地方の(インダス川上流)
インド西部の(インダス川下流)
インダス文字の刻まれた看板上の遺物が発見された
※最初に発見されたのはハラッパー
→インダス文明はハラッパー文明と呼ばれることもある
や穀物倉などを備える、煉瓦造りの
とが発見されている
印章には
現在に至るまで未解読
シヴァ神の原型や牛の像なども見つかる
→の源流と考えられている
整然とした都市計画に沿って建設がなされた
⇔強大な権力を示すやの跡は発見されず
前1800年頃までに滅亡するも、原因は不明
A: B: C:
アーリヤ人の侵入とガンジス川流域への移動
の侵入
前1500年頃:西北からを越えてに移動
の遊牧民で、貧富や地位の差がない社会を築く
雷や火などの自然神を信仰し、様々な祭祀を行う
それらの宗教知識はに記される
ヴェーダはの聖典にもなっている
e.g.『』:最古のヴェーダ
太陽などの自然を神格化し、その神々に捧げた賛歌集
『』や『ヤジュル=ヴェーダ』『アタルヴァ=ヴェーダ』などもある
流域への移住
前1000年頃:アーリヤ人が東方に居住域を拡大
によって森林の開拓を進める
鉄の刃をつけた木製の犂を牛に引かせ、稲を栽培
馬とを使用
先住民と交わりながら
生産に従事しない王侯・武士や司祭などが生まれ、強い権力をもつ王がを行う
の成立
本来はアーリヤ人と先住民の皮膚の色の違いを示す「色」の意味
→身分的上下関係を示すようになる
支配階級(非生産階級):(司祭)と(武士)
被支配階級(生産階級):(農民・牧畜民・商人)と(隷属民)
これ以外に被差別民としてがいる(※現在ではと呼ばれる)
後には商人、は農民・牧畜民という意味となる
→最上位の司祭が司る宗教をと呼ぶ
集団
本来は「生まれ」を意味する
他の集団の者との結婚や食事などを制限される
:
:前6世紀頃までのバラモン教の聖典が編まれた時代
- 山川『詳説世界史研究』
- 山川『世界史図録』
- 各分野の教科書・資料集・一次資料