第9章 国際政治の動向と課題

人種差別撤廃条約

人種差別撤廃条約

人種差別撤廃条約はなぜ生まれ、何を禁じているのか?

人種差別撤廃条約(正式名称:あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約)は、1965年に国連総会で採択され、1969年に発効した国際条約だ。人種・皮膚の色・世系(家系)・民族的出身または種族的出身を理由とする差別を禁止し、締約国に対してその撤廃に向けた積極的な義務を課している。この条約が生まれた背景には、第二次世界大戦後も続く植民地主義の残滓と、アメリカにおける黒人差別・南アフリカのアパルトヘイトという現実が国際社会を動かしたことがある。

人種差別撤廃条約が生まれた歴史的背景は何か?

第二次世界大戦は、ナチス・ドイツによるユダヤ人600万人の組織的虐殺(ホロコースト)をもって終結した。戦後の国際社会は、こうした人種差別が大量虐殺にまで発展した歴史を直視し、同じ悲劇を繰り返さないための国際的な枠組みを構築する必要に迫られた。1948年には世界人権宣言が採択されたが、これは法的拘束力を持たない宣言にすぎなかった。

1960年代に入ると、アフリカ諸国が次々と独立し、人種差別に反対する声が国際政治の場に持ち込まれるようになった。1960年には南アフリカのシャープビルで警察が黒人抗議者69名を射殺する「シャープビル虐殺」が起き、国際的な非難を浴びた。同年、国連総会は「植民地独立付与宣言」を採択し、人種的差別を植民地支配の根幹として断罪した。こうした流れの中で、法的拘束力を持つ条約の必要性が認識され、1965年に人種差別撤廃条約が採択された。

条約の起草にあたっては、ソ連とアフリカ・アジア諸国が主導した。ソ連は「西側諸国の人種差別」を批判する意図もあったが、結果として国際的な人権保障の法的枠組みの一歩となった。日本は1995年に加入しており、現在180か国以上が締約国となっている。

条約はどのような差別行為を禁じているのか?

条約第1条は「人種差別」を「人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限または優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」と定義している。

具体的に条約が禁止する行為としては、①人種差別的な思想の普及・扇動、②人種差別を支持・推進する組織への参加、③公的機関による人種差別的な行為、④国籍・市民権・帰化に関する人種差別、が挙げられる。条約は差別の「目的」だけでなく「効果」も禁止対象としている点が重要だ。意図せずとも結果として特定人種に不利益を与える制度や慣行も、条約違反となりうる。

さらに条約は締約国に対して、単に差別を禁止するにとどまらず、差別撤廃のための積極的措置をとることを義務付けている。これが後述するアファーマティブ・アクション(積極的是正措置)の国際法的根拠の一つとなっている。

条約の実施を監視する仕組みはどのようなものか?

条約の実施を監視するために、人種差別撤廃委員会(CERD: Committee on the Elimination of Racial Discrimination)が設置されている。CERDは18名の独立専門家から構成され、締約国が提出する定期報告を審査し、条約の実施状況を評価する。これは国連人権条約機関の中で最も古い委員会の一つだ。

CERDの審査は定期報告制度によって行われる。締約国は加入後1年以内に初回報告を提出し、以後は2年ごとに報告を提出する義務を負う。CERDは報告を審査した後、「総括所見」を発表し、改善が必要な点を指摘する。日本も過去に複数回の審査を受けており、ヘイトスピーチや在日外国人への差別に関して改善勧告を受けている。

また条約第14条に基づき、締約国が個人からの申立てを受け付ける制度も設けられている。この個人申立て制度は日本が受諾していないが、欧米諸国の多くは受諾しており、差別を受けた個人がCERDに直接救済を求めることができる。

人種差別撤廃条約は日本社会にどのような意味を持つのか?

日本が1995年に条約に加入した後、国内では長年ヘイトスピーチの問題が深刻化した。在日コリアンや在日中国人を標的とした「特定の民族・国籍の人々を地域社会から排除することを煽動するデモ活動」が各地で行われ、CERDから繰り返し懸念が表明された。

これを受けて日本では2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)が制定された。ただし同法は罰則規定を持たない理念法であり、ヘイトスピーチ行為を直接禁止するものではないため、条約が求める水準に到達していないとの批判も残る。

また、アイヌ民族に関しては2019年に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が制定され、初めて法律上アイヌ民族が「先住民族」と明記された。これは人種差別撤廃条約とともに採択された「先住民族の権利に関する宣言」(2007年)との整合性を図る動きでもある。

人種差別撤廃条約は、差別を「個人の問題」ではなく「国家が取り組むべき構造的問題」として位置づけた点で画期的だった。単に「差別は悪い」という道徳的主張を超え、国家に具体的な義務を課す法的枠組みを作ったことが、この条約の最大の意義だ。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-27