第9章 国際政治の動向と課題

イスラーム

イスラーム

イスラームとは何で、中東の民族紛争とどのような関係があるか?

イスラームは七世紀初頭、アラビア半島のメッカで預言者ムハンマドが始めた一神教だ。「イスラーム」はアラビア語で「神への服従・平和」を意味し、ユダヤ教・キリスト教と同じアブラハムを祖とする系統に属する。信者を「ムスリム(神に帰依した者)」と呼び、現在世界に約一八億人のムスリムがいる。イスラームはコーランと預言者ムハンマドの言行録(ハディース)に基づく宗教・法律・生活規範の総体であり、政治と宗教が分離した世俗国家とは異なる社会原理を持つ。「異なる人種・民族との共存」の単元においては、北アイルランド紛争・チェチェン紛争・カシミール問題・パレスチナ問題・旧ユーゴスラビア内戦など、多くの民族・宗教紛争においてイスラームが重要な要素となっている。

イスラームの基本教義と主要な宗派はどのようなものか?

イスラームの基本は「六信五行」だ。六信は①アッラー(唯一神)、②天使、③啓典(コーランなど)、④預言者(アダム・アブラハム・モーゼ・イエス・ムハンマドなど)、⑤来世、⑥定命(すべては神の意志)への信仰だ。五行は①信仰告白(「アッラー以外に神なし、ムハンマドは神の使徒」と唱えること)、②礼拝(一日五回メッカの方向に向かって礼拝)、③喜捨(財産の一定割合を貧者に施す)、④断食(ラマダン月の日中は飲食を断つ)、⑤巡礼(生涯に一度メッカを訪れる)という五つの義務的実践だ。イスラームの主要な宗派にはスンニ派とシーア派がある。スンニ派は全ムスリムの約八五〜九〇パーセントを占め、シーア派はイランや南イラクで多数を占める。この宗派対立は中東の政治的対立の重要な要素であり、イラン(シーア派)とサウジアラビア(スンニ派)の対立はイエメン内戦・シリア内戦などでの代理戦争につながっている。

イスラームと政治はどのような関係にあるのか?

イスラームは宗教と政治・法律・社会規範を一体として捉える傾向が強い。「シャリーア(イスラーム法)」は信者の日常生活から国家の統治まで規定する法体系であり、完全にシャリーアに基づく国家の実現を目指す運動(イスラーム主義・政治的イスラーム)が各地で見られる。一九七九年のイラン・イスラーム革命では、ホメイニー師が主導してパフラヴィー朝を打倒し、シーア派のイスラーム共和国を樹立した。一九九〇年代以降のアフガニスタンではターリバーンがシャリーアを厳格適用した支配を行った。パレスチナのハマスはイスラーム主義組織としてガザ地区を支配している。これらは「イスラーム国家の実現」という政治的目標と、民族的・領土的主張が混在した運動だ。イスラーム主義組織の中には、テロや暴力的手段を用いるものもあるが、これは少数派であり、大多数のムスリムは平和を重視する。

イスラームは民族紛争においてどのような役割を果たしているか?

民族紛争においてイスラームが果たす役割は複雑だ。①民族的アイデンティティとしての役割:チェチェン人・クルド人・ウイグル人・ボスニア人などの民族運動において、イスラームは民族的アイデンティティと結びついた抵抗のシンボルとして機能している。②宗派対立としての役割:北アイルランド(カトリック対プロテスタント)・ユーゴスラビア(セルビア正教・カトリック・イスラーム)・レバノン(マロン派・スンニ派・シーア派)では、宗教の違いが民族対立を強化している。③過激主義との関係:一部のイスラーム主義組織はテロや暴力的手段を用いており、「イスラーム=テロ」という誤解が広まることで、ムスリム全体への差別・偏見につながっている。実際には多くのムスリムは暴力を否定しており、イスラーム内部での多様性を理解することが不可欠だ。日本でも在日ムスリムへの偏見・差別が問題となっており、多文化共生の観点から宗教的少数者への理解が求められている。

イスラーム恐怖症(イスラモフォビア)は、イスラームやムスリムに対する不合理な恐怖・偏見・差別を指す言葉で、二〇〇一年の九・一一同時多発テロ事件以降に特に欧米で広がった。ムスリム全体をテロリストと見なすような偏見は、差別につながる危険な一般化だ。欧州ではヒジャブ(頭部を覆うスカーフ)やニカブ(顔を覆うベール)の着用禁止を法律で定めた国もあり、宗教的自由と世俗主義の原則の対立が続いている。フランスでは一九〇五年の政教分離法(ライシテ)に基づき公立学校での宗教的シンボルの着用を禁止しており、これがムスリム女性の権利をめぐる論争を生んでいる。一方で、イスラーム世界の国々も民主主義・人権の普遍的価値観とシャリーアとの関係において様々な立場をとっており、「イスラームと人権は両立するか」という問いに対して内部での議論が続いている。

ムスリム人口は世界全体で約一八億人を超え、現在最も急速に信者数が増加している宗教の一つだ。インドネシア・パキスタン・バングラデシュ・インドにはそれぞれ一億人以上のムスリムが居住している。アフリカでも急速にイスラームが広がっており、サブサハラアフリカでの信者数は二一〇〇年には約一〇億人に達するとの予測もある。イスラーム文明は中世に数学・天文学・医学・哲学の分野で高い成果を上げ、ヨーロッパのルネサンスに貢献した。現代においてもムスリムが世界人口の四分の一を超える現実を踏まえ、イスラームへの正確な理解は国際社会の平和的共存のために不可欠な素養だ。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-27