アファーマティブ・アクション
アファーマティブ・アクションとは何を目的とし、どのような批判を受けているのか?
アファーマティブ・アクション(積極的是正措置)は、歴史的な差別によって不利な立場に置かれてきたマイノリティ集団や女性に対して、大学入試・公的雇用・企業契約などの機会において優遇措置を講じ、格差を是正しようとする政策・制度の総称だ。アメリカでは一九六〇年代の公民権運動の成果として導入され、黒人・ヒスパニック・先住民族などを対象とした措置が連邦政府機関や大学で広く実施された。日本語では「積極的差別是正措置」「優先措置」とも訳される。ただしこの制度は、歴史的不公正を是正する手段として支持する立場と、「逆差別」として批判する立場が鋭く対立する、社会的に最も論争的な政策の一つだ。
アファーマティブ・アクションはどのような背景から生まれたのか?
アメリカにおけるアファーマティブ・アクションの直接の起源は、一九六一年のケネディ大統領の大統領令一〇九二五号だ。この命令は連邦政府の契約企業に「積極的行動(affirmative action)」をとることを求め、人種・肌の色・信条・出身国による差別を禁止した。その後一九六四年の公民権法・一九六五年の大統領令一一二四六号(ジョンソン大統領)により、大学入試・雇用・政府調達など多岐にわたる分野でアファーマティブ・アクションが制度化されていった。背景にあるのは、一八六五年の奴隷制廃止から一〇〇年近く経っても黒人とその他の人種の間に大きな経済的・教育的格差が残り続けたという現実だ。「機会の平等」を形式的に保障するだけでは、歴史的差別によって生じた実質的不平等は解消できないという認識がアファーマティブ・アクションの理論的根拠となっている。ジョンソン大統領は一九六五年のハワード大学での演説で「鎖を外しただけでは、長年鎖につながれていた人が同じスタートラインに立てるとはいえない」と述べ、実質的平等の必要性を説いた。
アファーマティブ・アクションはどのような仕組みで機能するか?
アメリカ各州の大学入試では、応募者の成績・課外活動・エッセイなどに加え、人種・民族的背景を考慮要素の一つとして入学審査を行う「全体的評価(holistic review)」方式が広く採用されていた。また連邦政府機関・地方政府・大企業では、マイノリティや女性の採用・昇進目標数(クオータ)を設けて積極的な採用活動を行う場合もある。この仕組みにより歴史的に排除されてきた集団に大学教育・専門職・管理職へのアクセスを広げることが目指された。実際に一九七〇年代から二〇〇〇年代にかけてアメリカの主要大学や専門職分野における黒人・ヒスパニック系の比率は増加したとされる。アメリカ以外でもインドでは「留保制度」として指定カーストや指定部族への議席・入学・採用枠が憲法で保障されており、ブラジルでは公立大学への黒人・先住民族・公立高校卒業生への入学枠が設けられている。
アファーマティブ・アクションへの批判と最高裁判決はどのような内容か?
アファーマティブ・アクションへの批判は主に二点だ。①「逆差別」論:個人の能力ではなく人種や出身に基づいて有利な扱いをすることは、差別を禁じた公民権法の精神に反するという主張。②「スティグマ」論:優遇措置によって入学・採用されたマイノリティは「能力があって選ばれたのではない」という偏見を受け、当事者の自信と能力の正当な評価を損なうという主張。一九七八年のベッキー対カリフォルニア大学事件では、連邦最高裁が厳格なクオータ制は違憲としつつ人種を考慮要素の一つとすることは合憲と判断した。しかし二〇二三年六月、最高裁はハーバード大学とノースカロライナ大学のアファーマティブ・アクションを違憲と判断した。この判決はアメリカにおけるアファーマティブ・アクションの実質的な終焉を意味し、大きな社会的議論を呼んでいる。この問題は、歴史的不正義に対する是正と、個人の平等権との緊張関係という普遍的な課題を提示している。
日本社会においても、アファーマティブ・アクションに類する政策が検討・実施されている。衆議院・参議院の選挙制度改革において女性候補者の割合を増やすための「クオータ制」の導入が議論されてきた。二〇一八年に成立した「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」は、政党に候補者の男女均等を目指す努力義務を課した。アイヌ民族・部落差別・在日外国人など、日本社会のマイノリティへの支援政策も、アファーマティブ・アクションの考え方と関連する。アファーマティブ・アクションの問題は、「形式的平等(同じルールで扱う)」と「実質的平等(格差の是正を目指す)」のどちらを優先するかという根本的な価値観の違いを反映している。歴史的不正義への補償として是正措置を支持する立場と、現在の個人を過去の差別に対して責任を負わせることへの反発の間の緊張は、現代の多民族社会が普遍的に直面する課題だ。
マレーシアでは一九七一年以降、ブミプトラ政策(マレー系の優遇措置)として大学の入学枠や企業の株式所有割合などでマレー系を優遇する政策が続いている。このように、歴史的な民族間格差を是正するための優遇措置は世界各地で実施されており、その正当性と限界についての議論は普遍的な課題だ。二〇二三年のアメリカ最高裁判決は人種を考慮した大学入試を違憲としたが、経済的弱者への配慮や多様性の確保は別の形で継続されており、実質的平等の実現という目標は変わっていない。