第9章 国際政治の動向と課題

国際刑事裁判所(ICC)

国際刑事裁判所(ICC)

国際刑事裁判所(ICC)とは何か——個人の刑事責任を問う常設の国際機関

国際刑事裁判所(International Criminal Court、ICC)とは、1998年のローマ規程を根拠として2002年にオランダのハーグに設立された常設の国際刑事裁判機関だ。集団殺害罪(ジェノサイド)・人道に対する罪・戦争犯罪・侵略犯罪という四種の「最も重大な国際犯罪」を犯した個人を訴追・裁判する。2024年現在124か国が締約しており、最初の常設国際刑事裁判機関として国際法上の画期的な機関とされる。


ICCはなぜ必要とされたのか——臨時裁判所の限界と常設化の必要性

ICCの設立以前にも、特定の紛争を対象とした臨時の国際刑事裁判所が設置されていた。第二次世界大戦後のニュルンベルク国際軍事裁判所(ナチス戦犯を裁いた)と極東国際軍事裁判所(東京裁判)が先例だ。1990年代には旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY、1993年設立)とルワンダ国際刑事裁判所(ICTR、1994年設立)が安保理決議によって設置された。


しかし臨時裁判所は特定の事件ごとに設置される仕組みであり、設立に時間がかかること、安保理の政治的判断に依存すること、対象となる紛争が限定されることなどの問題があった。常設の裁判所を設けることで、将来の残虐行為に対して事前に抑止効果を持たせ、より迅速かつ公平な裁判を実現しようとしたのがICCの設立趣旨だ。


ローマ規程と補完性の原則

ICCの根拠条約であるローマ規程(Rome Statute)は1998年にローマで採択され、60か国が批准した2002年7月に発効した。規程の中核概念は「補完性の原則」だ。これはICCが各国の国内裁判所に優先するものではなく、国内裁判所が「意思なし(訴追する意志がない)」または「能力なし(訴追する能力がない)」の場合に限って、ICCが補完的に管轄権を行使するという原則だ。


つまりICCは「世界最高の刑事裁判所」ではなく、各国の司法制度が機能しない場合の「最後の手段」として設計されている。各国が自国民による残虐行為を適切に裁判する意思と能力を持てば、ICCは介入しない。


ICCの限界——大国の不参加と実効性の問題

ICCの最大の弱点は、アメリカ・ロシア・中国という国連安保理常任理事国三か国が締約していないことだ。アメリカは2001年に署名を撤回し、自国軍人がICCの訴追対象となることを拒んでいる。ロシアと中国も締約していない。これにより、これら大国の国民・軍人による残虐行為はICCの管轄外となり、国際的な刑事責任追及に大きな空白が生じている。


2023年にICCはロシアのプーチン大統領に対してウクライナでの子どもの違法移送を理由とする逮捕状を発行したが、ロシアはICCの管轄を認めておらず実際の逮捕は困難だ。また、ICCのこれまでの訴追対象がアフリカ出身者に偏っているという批判もあり、「アフリカを標的とした制度的偏向がある」としてアフリカ連合が集団脱退を検討したこともある。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24