カシミール
カシミールはなぜインドとパキスタンの間で争われているのか?
カシミールはヒマラヤ山脈の西部に位置する地域で、インドとパキスタンが一九四七年の独立以来帰属を争ってきた地域だ。現在はインド管轄のジャンムー・カシミール州(実効支配)とパキスタン管轄のアザード・カシミール(自由カシミール)、さらに中国が実効支配するアクサイチン地区に分かれている。人口の多くはイスラーム教徒だが、藩王(マハラジャ)はヒンドゥー教徒だったため、一九四七年の分離独立時にインドへの帰属を選択した。この決定がパキスタンとの武力衝突の原因となった。三か国が領有権を主張するカシミールは、核保有国どうしの衝突の危機を孕む世界有数の紛争地帯だ。
カシミール問題はどのようにして始まったのか?
一九四七年八月、イギリス領インドがインドとパキスタンに分離独立した際、各藩王国は独立・インド加盟・パキスタン加盟のいずれかを選択する権利を持った。カシミール藩王ハリ・シングはヒンドゥー教徒だったが、住民の約七七パーセントはイスラーム教徒であり、地理的にも大部分がパキスタンと接していた。一九四七年一〇月、パキスタン支援の部族民兵がカシミールに侵攻すると、藩王はイ��ドに軍事支援を要請しインドへの加盟文書に署名した。インド軍が派遣され、第一次カシミール戦争(一九四七〜四九年)が勃発した。国連の仲介で停戦となり、現在の停戦ラインが実効支配線(LAC)となったが、国連は住民投票による帰属決定を求める決議を採択した。この住民投票は今日まで実施されていない。
カシミールでの紛争はどのように継続されているか?
インドとパキスタンは一九四七・一九六五・一九七一年と三度の本格的な戦争を行い、一九九九年にはカルギル地区での武力衝突(カルギル戦争)も起きた。インド管轄のカシミールでは、インドからの分離・独立またはパキスタンへの統一を求めるイスラーム系武装勢力による武装蜂起が一九八九年から続き、数万人規模の死者が出た。インドは武装勢力をパキスタン政府が支援していると批判し、パキスタン側はカシミールの自決権を主張する。二〇一九年八月、インドのモディ政権はジャンムー・カシミール州の特別自治権を廃止して直轄領に格下げする決定を行い、国際社会から批判を受けた。
カシミール問題はインド・パキスタン関係と核問題にどのような影響を与えているか?
インドとパキスタンはともに核兵器保有国であり(インドは一九七四年・一九九八年、パキスタンは一九九八年に核実験を実施)、カシミールを巡る両国の対立は「核戦争の危機を孕む地域紛争」として国際社会に深刻な懸念をもたらしている。核保有国間の武力衝突は人類文明への脅威となる可能性があるため、カシミール問題の平和的解決への国際社会の関与は特に重要だ。中国もアクサイチン地区の実効支配を主張しており、インド・中国・パキスタンの三か国が関与する複雑な地域紛争となっている。カシミールの問題は民族自決・宗教的少数派の権利・国境紛争・核の脅威という複数の問題が重なる現代の紛争の典型例だ。
カシミール地方は地理的には中央アジアとインド亜大陸を結ぶ戦略的要衝であり、経済的にも重要な地域だ。カシミール地方を流れるインダス川などの河川はパキスタンの農業用水の主要な水源であり、水資源をめぐる争いも潜在的な紛争の要因となっている。インド管轄のカシミールでは一九八九年から武装蜂起が続き、インド軍の人権侵害が国際的に批判されている。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルはカシミールでの超法規的殺害・拷問・強制失踪を記録してきた。国際人権法の観点からは、インドとパキスタン双方の軍・武装勢力による民間人への人権侵害が問題視されている。カシミール問題の根本的解決のためには、インドとパキスタンの直接対話と国際社会の関与が不可欠だとされているが、両国の根深い不信感が解決を困難にしている。ヒンドゥー教・イスラームという宗教的対立の側面と、インドとパキスタンの国民国家アイデンティティの問題が絡み合っているため、単純な地理的分割では解決できない複合的な問題だ。
日本との関係では、カシミール問題はインドとパキスタンの関係を規定する最大の要因として、日本の外交政策にも影響を与えている。日本はインドと日米印豪(クワッド)の枠組みで安全保障協力を強化しており、インド・パキスタンの緊張緩和に間接的な関心を持つ。カシミールの人々の人権状況は自由権規約・人種差別撤廃条約・拷問禁止条約などの国際人権規約上の問題としても国連人権理事会で審議されている。「民族的自決の権利」と「既存の国家主権・領土保全」の原則がどちらを優先すべきかという問いは、カシミール問題でも鋭く問われている。パレスチナ・チベット・クルド人問題と同様に、カシミール問題は国際社会が民族的少数派の自決権とどのように向き合うかを示す事例だ。
カシミール問題の解決には長期的な粘り強い外交努力が必要であり、暴力の連鎖を断ち切るための信頼醸成措置が求められている。