第9章 国際政治の動向と課題

ウクライナ

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ウクライナはロシアとどのような関係にあり、なぜ侵攻を受けたのか?

ウクライナは東ヨーロッパに位置する独立国で、一九九一年のソ連崩壊によって独立した。面積は約六〇万平方キロメートルでヨーロッパ最大級の広さを持ち、人口は約四四〇〇万人(二〇二二年の侵攻前)だ。ロシアとウクライナは歴史的・文化的・言語的に深い関係を持ちながらも、独立後はウクライナのNATO・EU加盟志向とロシアの影響圏維持の意図が衝突してきた。二〇一四年のクリミア併合と東部ドンバス地方でのロシア支援分離主義勢力による紛争を経て、二〇二二年二月にロシアが全面侵攻を開始した。この侵攻は第二次世界大戦後のヨーロッパで最大規模の戦争となり、国際秩序への深刻な挑戦として世界に衝撃を与えた。

ウクライナの歴史とロシアとの関係はどのようなものか?

ウクライナの歴史は複雑だ。中世には「キエフ・ルーシ」として東スラヴ文明の中心地だったが、その後はポーランド・リトアニア共同国やロシア帝国・オーストリア帝国の支配を受けた。一九一七年のロシア革命後に短命な独立国家を樹立したが、一九二〇年にソビエト連邦に組み込まれた。一九三二〜三三年にはスターリンの強制的な農業集団化政策により、ウクライナで「ホロドモール(大飢饉)」が発生し、数百万人が死亡した。ウクライナはこれをソ連による民族虐殺と位置付けている。一九九一年のソ連崩壊によってウクライナは独立し、核兵器を放棄する代わりに安全保障を保証するブダペスト覚書(一九九四年)に米英ロが署名した。ロシアの侵攻はこの覚書の重大な違反だ。

二〇一四年のクリミア併合と東部紛争はどのように起きたのか?

二〇一四年二月、ウクライナでEUとの連合協定への署名を求める「ユーロマイダン革命」が起き、親ロシアのヤヌコヴィチ大統領が国外に逃亡した。これに対しロシアはクリミア半島に軍を展開し、三月の住民投票(国際社会は「偽の住民投票」と批判)を経てクリミアを一方的に「併合」した。同時に東部ドンバス地方では親ロシア系分離主義勢力が台頭し、「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を一方的に宣言した。二〇一四年から二〇二二年の侵攻まで、東部での低強度紛争で約一万四〇〇〇人以上が死亡した。アメリカ・EU諸国はロシアへの経済制裁を発動し、G8からロシアを排除してG7体制に戻した。

二〇二二年のロシアの全面侵攻はどのような影響をもたらしているか?

二〇二二年二月二四日、ロシアはウクライナへの全面侵攻を開始した。「特別軍事作戦」と称したこの侵攻は国際社会から「侵略戦争」と強く批判され、国連総会は圧倒的多数でロシアを非難する決議を採択した。戦争の影響は甚大で、数千万人規模の難民・国内避難民が発生し(約六五〇万人以上がEU各国に避難)、民間インフラへの攻撃による大規模な被害が生じた。ウクライナはロシアの攻撃に対してNATO加盟国からの武器供与を受けながら抵抗した。この戦争は核抑止の問題・NATOの東方拡大問題・エネルギー安全保障問題・食料安全保障問題(ウクライナは世界有数の穀物輸出国)など多くの国際問題と連動した。国際刑事裁判所(ICC)はロシアのプーチン大統領に逮捕状を発行したが、ロシアはローマ規程の締約国ではないため直接の執行は難しい。

ウクライナ侵攻は国際秩序への深刻な挑戦だ。第二次世界大戦後に確立された「武力による現状変更禁止」という国際法の原則を、国連安保理常任理事国であるロシアが明確に破ったことは、国際社会への重大な衝撃だった。国連総会は二〇二二年三月の緊急特別会合でロシアを非難し撤退を求める決議を一四一か国の賛成で採択した。この侵攻はヨーロッパのエネルギー問題にも直結し、ロシア産天然ガスへの依存を減らすためにEU各国がエネルギー政策の大転換を迫られた。食料問題では、世界の小麦輸出の約三〇パーセントを占めるウクライナとロシアの輸出が滞り、特にアフリカや中東の食料輸入国で深刻な食料価格高騰をもたらした。戦争は二〇二四年現在も継続中であり、その終結条件と戦後処理は国際社会の重大な課題となっている。難民条約に基づき、EU諸国はウクライナ難民に対して前例のない速さで一時的保護ステータスを付与した。

ウクライナ侵攻は「保護する責任(R2P)」の問題とも関連している。ロシアは「ドンバスのロシア系住民を保護する」という名目で侵攻を正当化したが、国際社会の大多数はこれを侵略の口実として退けた。侵攻後、ウクライナのゼレンスキー大統領はICC(国際刑事裁判所)への協力を表明し、ロシア軍による民間人の殺害・拷問・拉致の証拠収集が進んでいる。ICCはプーチン大統領に対して子どもの違法な移送を理由とする逮捕状を発行した。ウクライナへの国際的連帯は、民主主義対権威主義という価値観の対立を鮮明にし、自由主義的国際秩序の維持をめぐる重大な試練として位置付けられている。

ウクライナの民族構成は、ウクライナ人(約七七パーセント)、ロシア系ウクライナ人(約一七パーセント)、その他少数民族から成る。東部・南部にはロシア語を母語とする住民が多く、これがロシアによる「ロシア系住民の保護」という侵攻の口実に使われた。しかし国際法上、民族的少数派の保護は軍事侵攻の口実にはならない。民族問題と国際安全保障の複雑な絡み合いを示すこの戦争は、二一世紀の国際秩序を問い直す歴史的事件として記録されている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-27