イラク
イラクはなぜ中東の民族紛争の焦点となったのか?
イラクは中東に位置し、多数派のシーア派アラブ人、少数派のスンニ派アラブ人、クルド人の三大民族・宗派集団が共存する国家だ。オスマン帝国崩壊後に国境が人為的に引かれたことで、民族・宗派の対立が内包された国家構造が生まれた。サッダーム・フサイン政権(一九七九〜二〇〇三年)はスンニ派少数派による独裁体制で、クルド人への弾圧・化学兵器使用、イランとの八年にわたる戦争(一九八〇〜八八年)、クウェート侵攻(一九九〇年)による湾岸戦争を引き起こした。二〇〇三年のアメリカ主導のイラク戦争でサッダーム政権は崩壊したが、その後の内政の混乱がISIL(イスラーム国)台頭の温床となった。
イラクの多民族構造と歴史的背景はどのようなものか?
現在のイラクの領域は、第一次世界大戦後の一九二〇年にイギリスの委任統治下に置かれ、一九三二年に独立した。この国境は民族・宗教の分布を無視してイギリスが設定したものだ。イラク国内には①シーア派アラブ人(人口の約六〇パーセント、南部に多い)、②スンニ派アラブ人(約一七パーセント、中部・北部)、③クルド人(約一七パーセント、北部山岳地帯)という三大集団が存在する。一九六八年以降はバース党(汎アラブ主義の世俗的民族主義政党)が政権を担い、一九七九年にバース党内のサッダーム・フサインが実権を掌握した。サッダーム政権は独裁体制の維持のために秘密警察・拷問・大量虐殺を恒常的に用いた。クルド人への弾圧は特に深刻で、一九八六〜八九年の「アンファール作戦」では数万人のクルド人が殺害された。
湾岸戦争とイラク戦争はどのような経緯で起きたのか?
一九九〇年八月、サッダーム・フサインはクウェートに侵攻して占領した。クウェートの石油資源の確保と、イラン・イラク戦争で積み上がった債務の帳消しを求める動機があったとされる。国連安保理は即時撤退を求める決議を採択し、多国籍軍(米英などを中心とする三四か国)がイラク軍を撃退した(湾岸戦争・一九九一年)。一九九一年以降、イラクは国連の経済制裁と大量破壊兵器の査察を受け続けた。二〇〇三年三月、アメリカとイギリスを中心とする多国籍軍が「大量破壊兵器保有」を名目にイラクに侵攻した(イラク戦争)。サッダーム政権は崩壊したが、大量破壊兵器は発見されず、侵攻の正当性は後に強く問われた。
二〇〇三年のイラク戦争後の混乱はどのような状況を生み出したか?
政権崩壊後、イラクでは宗派・民族間の武力衝突が激化した。旧政権に近いスンニ派は権力から排除され、この不満がISIL(イスラーム国)台頭の土壌となった。ISILは二〇一三〜一四年にイラク北部・中部の広大な地域を占領し、残酷な支配を行った。ISILによるヤジディ教徒(クルド系少数宗教集団)への虐殺はジェノサイドとして国際社会に認定されている。IS支配地域は二〇一七〜一九年にかけて解放されたが、イラクの政治的安定と民族・宗派間の和解は今日も進行中の課題だ。イラク北部のクルド人自治区(クルディスタン)は二〇一七年に独立を問う住民投票を実施したが、イラク政府・イラン・トルコ・国際社会の反対により独立は実現しなかった。イラクの歴史は、植民地時代に引かれた人為的国境と、多民族・多宗派社会における民主主義の構築の困難さを示す典型事例だ。
イラク戦争の教訓として、「大量破壊兵器の存在という誤った情報に基づく先制攻撃は、かえって中東の不安定化を招いた」という反省が広く共有されている。この経験は、武力行使に先立つ国際社会の合意形成と証拠の検証の必要性を改めて示した。二〇一一年のアメリカ軍撤退後にイラクで生じた政治的真空は、ISILの台頭を許す結果となった。ISILが行った大量虐殺・奴隷化・文化的遺産の破壊(モスルの博物館の略奪など)は現代における最悪の人道犯罪の一つだ。イラクのクルド人は独自の自治政府(クルディスタン地域政府)を持ち、豊富な石油資源を管理しているが、独立国家の樹立は中東の地政学的現実の中で実現していない。イラクの事例は、多民族・多宗派社会での民主主義の定着がいかに困難かを示すとともに、外部からの軍事的介入が解決をもたらさない可能性を示した歴史的教訓となっている。
イラクにおけるクルド人の地位は、民族自決の問題として中東地政学の重要な課題だ。クルド人は独立国家を持たない世界最大の民族集団の一つとされ、トルコ・イラン・イラク・シリアにまたがる約三〇〇〇万〜四〇〇〇万人が居住している。各国政府の強力な抵抗により独立国家の樹立は実現していないが、イラクのクルディスタン地域政府は半独立的な自治を維持している。イラク戦争でアメリカに協力した見返りとして、クルド人は戦後イラクで大きな政治的影響力を得た。イラクの将来は、多様な民族・宗派が武力によらない政治的プロセスを通じて共存できるかどうかにかかっており、国際社会の継続的な支援と監視が求められている。
イラクの石油資源はOPEC(石油輸出国機構)加盟国として世界有数の埋蔵量を誇るが、この富が国民全体の福祉向上に使われず、特定の権力集団に流れてきた歴史が「資源の呪い」と呼ばれる問題だ。国際社会はイラクの民主化と安定を支援するために国連・NATO・EUが様々な形で関与してきたが、長期的な安定の実現は困難な状況が続いている。