アル=カーイダ
アル=カーイダとは何か
アル=カーイダ(al-Qaeda)は、ウサマ=ビンラディンが指導者として率いた国際的なイスラム過激派テロ組織である。冷戦終結後のテロリズム時代を象徴する組織として、アメリカ同時多発テロ事件の首謀組織となった。
名称と基本的性格
アル=カーイダはアラビア語で基地を意味する。国境を越えたネットワーク型組織として、世界各地のイスラム過激派を結びつける枢軸の役割を果たしてきた。国家ではなく非国家主体であり、現代テロリズムの典型例となっている。
イデオロギーと目的
グローバルジハードの思想に基づき、米国とその同盟国をイスラム世界から追放することを目指す。サラフィー主義の原理主義的解釈に立ち、西側諸国だけでなく世俗的ムスリム政権も敵と位置づける点に特徴がある。
アル=カーイダはどのように成立したのか
アル=カーイダは1980年代のアフガニスタン戦争を舞台に結成された。ソ連との戦いに参加した義勇兵たちが、冷戦後も武装ジハードを継続する組織として発展させた。
ソ連のアフガニスタン侵攻とムジャーヒディーン
1979年からのソ連軍によるアフガニスタン侵攻に対して、世界各地からムジャーヒディーンと呼ばれる義勇兵が参集した。米国やサウジアラビアはこれを支援し、パキスタン経由で武器と資金が提供された。
組織化の過程
1988年、ビンラディンはエジプト人の理論家アイマン・アル=ザワヒリらとともに、ジハード戦士を集約する組織としてアル=カーイダを立ち上げた。1991年の湾岸戦争で米軍がサウジアラビアに駐留したことが、米国を主敵とするイデオロギーを決定づけた。
アル=カーイダの国際テロはどのように展開したか
アル=カーイダは1990年代以降、世界各地で大規模テロを起こし、非国家主体による国際テロの脅威を可視化させた。
1990年代のテロ
1993年の世界貿易センタービル爆破、1998年のケニア・タンザニアの米大使館爆破、2000年のイエメンでの米駆逐艦コール号爆破など、米国の施設と軍事力を標的とするテロが続いた。
9.11同時多発テロ
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロは、4機の民間旅客機を使い約3000人を殺害した史上最大級のテロ攻撃となった。この事件を通じて、アル=カーイダの名は世界中に知られることとなった。
アル=カーイダは現在どのような状態にあるか
アル=カーイダは米国主導の対テロ戦争によって指導部の多くを失ったが、組織は地域化しつつ存続している。
ビンラディンの殺害
2011年5月、米軍特殊部隊がパキスタンのアボッターバードでウサマ=ビンラディンを殺害した。その後の指導者はアイマン・アル=ザワヒリだったが、彼も2022年に米軍のドローン攻撃で殺害された。
地域支部の継続
アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)、北アフリカのAQIM、ソマリアのアル=シャバブなど地域支部は活動を続けている。ISIS(イスラム国)が勢力を拡大した2010年代は存在感を落としたが、影響力は依然として残る。