第9章 国際政治の動向と課題

アドリア

アドリア

アドリアとは何か

アドリアとは、1946年のチャーチルの鉄のカーテン演説で用いられた地理的目印の一つで、具体的にはアドリア海を指す。冷戦期のヨーロッパ分断の南端を示す地理的指標として位置づけられた言葉である。

アドリア海の位置

アドリア海は地中海の一部で、イタリア半島と東岸のバルカン半島の間に位置する細長い内海である。現在の沿岸国はイタリア、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニアである。

トリエステとの関係

チャーチルは演説で、鉄のカーテンの南端をアドリア海に面するトリエステと示した。トリエステはイタリア領であるが、ユーゴスラビアとの国境紛争の争点であり、冷戦初期の東西対立の前線の一つとなった。

アドリア地域は冷戦期にどのような位置を占めたか

アドリア地域は冷戦期の西欧と東欧の境界にあたる戦略的な位置にあった。

ユーゴスラビアの独自の位置

アドリア海東岸のユーゴスラビアは社会主義国であったが、1948年にソ連と対立して独自路線を取った。ユーゴスラビアは非同盟運動の主導国となり、東西両陣営と距離を置いた独特の地位を占めた。

イタリアの役割

アドリア海西岸のイタリアは1949年にNATOに加盟し、冷戦期の西側陣営の南端の柱となった。米国はイタリア国内に軍事基地を設置し、対ソ連・対東欧作戦の拠点とした。

冷戦後のアドリア地域の変化はどのようなものか

冷戦終結後、アドリア地域は複雑な変動を経験した。

ユーゴスラビア解体と内戦

1991年以降のユーゴスラビア解体戦争で、アドリア海東岸のスロベニア、クロアチア、ボスニア、モンテネグロが独立した。内戦は10年以上続き、多数の死傷者と難民を生んだ。

西側統合の進展

独立後の旧ユーゴスラビア諸国はEUやNATOへの加盟を進めた。クロアチアは2009年にNATOに、2013年にEUに加盟し、アルバニアは2009年にNATOに加盟した。アドリア海は西側統合の一部となった。

現代のアドリア地域は国際政治でどう位置づけられるか

アドリア地域は、バルカン半島の政治統合の行方を左右する鍵となっている。

残る独立問題

アルバニアは加盟済みだが、ボスニア、モンテネグロ、北マケドニアはEU加盟交渉中である。民族・宗教の複雑さが今も政治統合の障壁となっている。

地域安全保障の変化

2020年のモンテネグロNATO加盟、2020年の北マケドニア加盟によって、アドリア海沿岸のほとんどがNATO加盟国となった。冷戦期に分断線の南端であったアドリアは、現代では集団防衛の内海へと性格を転換している。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24