第三世界
第三世界とは何か
第三世界とは、冷戦期に米ソ両陣営(第一世界・第二世界)のいずれにも属さない、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの新興独立諸国や発展途上国を指す概念である。フランスの人口学者アルフレッド・ソーヴィが1952年に提唱した用語が起源とされる。
概念の核心
「第三」という呼称は、フランス革命期の「第三身分」(貴族・聖職者以外の市民)になぞらえたもので、大国の思惑に左右されず自らの意思で行動する「その他の多数派」という含意を持つ。単なる経済発展の遅れではなく、政治的立場を示す概念である。
第三世界は、植民地支配からの独立を達成した新興国と、ラテンアメリカの旧植民地からなる広範な国家群を含む。その多くは非同盟諸国として国際政治に独自の地位を築こうとした。
第三世界はどのような仕組みで結束したか
第三世界は、非同盟運動とアジア・アフリカ諸国の会議外交を通じて、組織的な結束を図った。冷戦の対立構造に巻き込まれない独自の国際秩序を構想した。
結束の仕組み
1955年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)で平和十原則が採択され、第三世界の共通の理念が確認された。1961年以降は非同盟諸国首脳会議が開催され、定期的な首脳外交の場が整備された。
経済面では1964年に国連貿易開発会議(UNCTAD)が設立され、第三世界諸国の経済的要求を集団で主張する場が生まれた。G77(77か国グループ)という結集形態も機能し、国連総会での票を通じて国際経済秩序の再編を訴えた。
第三世界はなぜ生まれたか
第三世界が生まれた背景には、第二次世界大戦後の脱植民地化と、冷戦の対立構造への抵抗という二つの潮流があった。新興独立国は、旧宗主国とも大国とも異なる独自の立場を模索する必要があった。
概念形成の経緯
1947年のインド独立、1949年の中華人民共和国成立、1950年代のアジア・アフリカの相次ぐ独立は、脱植民地化の本格化を示した。これら新興国は、米ソ対立の中でいずれかに与することを避け、自らの発展路線を守る必要に迫られていた。
インドのネルー首相、エジプトのナセル大統領、ユーゴスラビアのチトー大統領らが中心となって、非同盟運動を組織化した。1955年のバンドン会議では、周恩来やネルーが平和共存の原則を掲げ、第三世界の政治的結集を実現した。
第三世界と冷戦後の国際秩序はどう関わるか
第三世界という呼称は、冷戦終結とともにその政治的意味を失った。しかし、グローバル・サウス(南の国々)という類似概念が登場し、新興国の台頭とともに新しい形で国際秩序の主要変数として機能している。
冷戦後の展開
冷戦終結後、中国・インド・ブラジル・南アフリカなど第三世界の主要国が経済成長を遂げ、国際政治の重要アクターとなった。BRICSという枠組みや、ASEAN、アフリカ連合などの地域機構が、第三世界の多様な動向を体現している。
先進国対途上国という単純な二分法は、現在の国際経済秩序では通用しなくなっている。中国のような新興経済大国は、先進国と途上国の両面性を持ち、第三世界論の枠組み自体が再検討を迫られている。
現代の南北問題
第三世界という呼称は過去のものとなりつつあるが、先進国と途上国の格差(南北問題)は依然として国際政治の重要課題である。気候変動対策、感染症対策、移民・難民問題など、グローバル課題の多くは南北の利害調整を必要としている。
冷戦期の第三世界運動が持っていた「大国に従属しない独自路線」という理念は、現代のグローバル・サウス論にも継承されている。国際政治の多極化が進む中で、第三世界の経験は依然として参照価値を持っている。