イスラム国
イスラム国とは何か
イスラム国(Islamic State、IS)は、2014年6月にイラク・シリア・イスラム国(ISIL/ISIS)が国家樹立を宣言して改称した組織である。シリアとイラクの一部地域を支配した過激派組織で、冷戦後の非国家主体の脅威を象徴する存在となった。
呼称の変化
組織は当初イラクのイスラム国、その後イラク・シリア・イスラム国を経て、2014年6月にカリフ制国家の樹立と同時にイスラム国を自称した。国際社会はイスラム教全体との混同を避けるためダーイシュ(Daesh)の呼称も多用する。
カリフ制の自称
指導者のアブー=バクル・アル=バグダディは2014年6月29日にカリフ位を自称し、全世界のイスラム教徒の忠誠を要求した。これはイスラム世界の政治統一を掲げる歴史的概念の復活を試みる過激な主張であった。
イスラム国はどのように領域支配を確立したか
イスラム国は2014年6月のイラク北部の都市モスル制圧を契機に、短期間で本州並みの広さの領域を支配した。
モスル制圧
2014年6月、イスラム国はイラク政府軍の混乱を突いてモスルを制圧した。中央銀行の現金、武器庫、油田の収奪により莫大な資金を得て、急速に組織を強化した。
支配下の統治
支配地域では徴税、教育、裁判、社会インフラの運営まで国家的機能を模倣した。シャリーアの厳格な適用、異教徒迫害、女性奴隷化、公開処刑など、過激な統治を行った。最盛期には約1000万人が支配下に置かれたとされる。
イスラム国に対して国際社会はどう対応したか
イスラム国の脅威は中東を越えて世界全体に及んだため、各国による広範な軍事的対応が行われた。
有志連合の空爆
2014年8月、米国主導の有志連合が空爆を開始した。参加国は60か国以上に及び、イスラム国の司令官、武器集積所、油田インフラなどが標的となった。空爆はクルド人勢力やイラク軍の地上作戦と連携して進められた。
ロシアとイランの関与
2015年9月、ロシアはシリアでの軍事介入を開始し、ISとアサド政権反対派の双方を攻撃した。イランも革命防衛隊を派遣し、シーア派民兵を通じて対抗した。複数の大国が同じ敵に対して異なる戦略をとる状況が生まれた。
イスラム国は何を残したか
イスラム国は2019年までに領域をほぼ失ったが、その影響は多方面に残っている。
国際テロの拡散
イスラム国は世界各地で「ローンウルフ」型テロを呼びかけ、パリ、ブリュッセル、マンチェスター、ニースなど欧米主要都市でテロが発生した。過激思想のオンライン拡散は今も続く課題である。
残党と分派の活動
イスラム国は現在アフリカ、南アジア、中央アジアに分派を置き、活動を継続している。2021年のアフガニスタンでのIS-K攻撃など、組織の影響は地政学の断層線に沿って広がり続けている。