第9章 国際政治の動向と課題

アラブの春

アラブの春

アラブの春とは何か

アラブの春は、2010年末から中東・北アフリカの各国で発生した大規模な反政府運動と政治変動の連鎖である。冷戦終結後の国際政治の中で、ソーシャルメディアを活用した民主化運動として世界的に注目を集めた。

名称の由来

アラブの春という呼称は、1968年のプラハの春を想起させる名称として西側メディアが用いた。アラブ諸国の長期独裁体制が民衆運動によって揺らぐ様子を、民主化の春にたとえた表現である。

運動の発端

2010年12月、チュニジアの青年モハメド・ブアジジが官憲の横暴に抗議して焼身自殺した事件が民衆の怒りを呼び、全国的な抗議運動に発展した。2011年1月、ベンアリ大統領は国外に逃亡し、ジャスミン革命と呼ばれる政権崩壊が起こった。

アラブの春はどのような国に広がったか

チュニジアの革命は瞬く間に他のアラブ諸国に波及した。

エジプトのムバラク政権崩壊

2011年1月、エジプトのカイロではタハリール広場を中心に大規模な抗議運動が起こり、2月11日に30年に及ぶムバラク政権が崩壊した。この展開は全世界に中継され、運動の象徴となった。

リビアシリアへの拡大

リビアでは2011年3月から内戦に発展し、NATOの空爆を受けたカダフィ政権は10月に崩壊した。シリアでもアサド政権に対する抗議が起こったが、徹底的な弾圧で内戦に発展した。イエメンではサーレハ政権が退陣した。

アラブの春の意義と限界は何か

アラブの春は独裁体制を揺るがしたが、民主化の実現は限定的で、むしろ長期の混乱を招いた例も多い。

民衆運動の新しい形

ソーシャルメディア(フェイスブック、ツイッター、ユーチューブ)を通じて情報と呼びかけが広がり、従来の政党や労働組合を介さない水平的な運動が実現した。若年層を中心とする新しい政治参加の形を示した。

独裁体制崩壊後の混乱

チュニジアを除く各国では、独裁崩壊後の政治秩序が安定せず、内戦や新たな独裁、ISISの台頭などが発生した。エジプトでは2013年の軍事クーデターで強権体制が復活した。民主化の困難さが浮き彫りとなった。

アラブの春は国際政治にどのような影響を残したか

アラブの春は、民衆運動と独裁体制の関係、介入主義と保護する責任の限界など、多くの論点を生んだ。

難民危機への影響

シリア内戦、リビア内戦の長期化によって数百万人の難民が発生し、2015年のヨーロッパ難民危機を引き起こした。アラブの春は、地域紛争が国境を越えた人道危機に直結することを示した。

民主化と地政学の交錯

アラブの春への国際社会の対応は、民主化支援と地政学的利益との葛藤を露呈した。リビアでのNATO介入は「保護する責任」の先例となったが、シリアでは大国の利害対立で一致した行動が取れなかった。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24