国際刑事裁判所(ICC)
国際刑事裁判所はどのような目的で設置されたのか
国際刑事裁判所、すなわち ICC は、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪のような重大犯罪を処罰し、重大な不処罰をなくすために設けられた。ICC の公式説明とローマ規程が示すように、ICC は2002年に発効したローマ規程にもとづく常設の国際刑事裁判所である。第二次世界大戦後の臨時法廷とは違い、特定の戦争が終わるたびに作るのではなく、継続的に重大犯罪へ対応する仕組みとして設計された。
その背景には、大量虐殺や組織的虐殺が起きても、国内裁判だけでは加害者が処罰されない場合が多いという現実があった。国家が自国の指導者や軍人を裁かない、あるいは裁けないなら、国際社会全体に関わる重大犯罪を扱う常設の裁判所が必要だという考え方が広がったのである。
国際刑事裁判所はどのような犯罪を対象としているのか
ICC の対象犯罪は、ローマ規程に定められた四つである。ICC の公式サイトは、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪を裁判所の管轄犯罪として挙げている。いずれも、単なる国内犯罪ではなく、国際社会全体に衝撃を与える重大な犯罪として位置づけられている。
ここで大切なのは、ICC がすべての国際問題を扱うわけではないという点である。汚職、一般的な殺人、麻薬犯罪のような通常犯罪は原則として対象外であり、あくまで大量殺害や民間人攻撃、組織的迫害のような重大犯罪に限定されている。ICC は国際正義のすべてを担う裁判所ではなく、最も重大な犯罪へ絞った裁判所なのである。
なぜ国家ではなく個人を裁く必要があるのか
ICJ が国家間紛争を扱うのに対し、ICC は個人を裁く。これは、重大犯罪を実際に計画し、命令し、実行するのが具体的な個人だからである。国家に責任があるとしても、国家そのものを刑務所へ送ることはできない。そこで、国家の背後で行為を決めた政治指導者、軍幹部、武装集団の指導者などへ刑事責任を問う必要が生じる。
個人責任を明確にすることで、国家の名の下で犯罪を行っても個人は免責されないという原則が成り立つ。これによって、命令に従っただけだ、国家の政策だったという言い訳を一定程度封じ、重大犯罪の抑止につなげようとするのである。
国家の主権と国際刑事裁判所はどのように関係するのか
ICC は国家主権を完全に否定する仕組みではない。むしろローマ規程の中心原理は補完性であり、まず犯罪を裁くべきなのは各国の国内裁判所だと考える。ICC の公式資料でも、裁判所は各国の刑事司法制度に取って代わるのではなく、それを補完すると説明されている。
つまり国家が誠実に捜査と裁判を行っているなら、ICC は通常介入しない。国家が捜査を拒む、加害者をかばう、司法制度が崩壊しているといった場合に限って、国際裁判所が前に出る。この仕組みによって、主権尊重と重大犯罪処罰を両立させようとしている。
どのような場合に国際刑事裁判所が裁判権を行使するのか
ICC が動く入口は大きく三つある。第一に、締約国が自国または他の締約国の状況を付託する場合である。第二に、国連安全保障理事会が付託する場合である。第三に、検察官が独自に捜査開始を求め、裁判部の許可を得る場合である。ICC の situations under investigation の説明でも、この三つの入口が示されている。
ただし、どの事件でも自由に扱えるわけではない。通常は犯罪が締約国の領域内で行われたか、被疑者が締約国の国民である必要がある。さらに、補完性、重大性、司法の利益といった条件も満たさなければならない。ICC は万能に介入できる裁判所ではなく、厳しい管轄条件の下で限定的に動く裁判所である。
国際刑事裁判所の判決にはどの程度の実効性があるのか
ICC の判決には法的な重みがあるが、その実効性は各国の協力に大きく依存する。裁判所は自前の警察を持たないため、逮捕、身柄引渡し、証拠収集、資産凍結、刑の執行の多くを締約国や協力国に頼らなければならない。したがって、被疑者が国家権力に守られている場合、裁判所がすぐに身柄を確保できないことも多い。
それでも実効性が全くないわけではない。起訴状や逮捕状が出ることで国際的な移動が制限され、外交的正統性が下がり、加害者の政治的コストが高まる。さらに実際に有罪判決と被害者への賠償命令が出た事件もあり、国際社会が重大犯罪を見過ごさないという基準を示す効果を持っている。
大国が参加していないことはどのような問題を生むのか
ICC には現在も主要大国の一部が参加していない。大国が締約国でなければ、その国の領域や国民に関する事件で ICC が動ける範囲は狭くなる。安全保障理事会付託という経路はあるが、そこでも常任理事国の政治的思惑が強く影響する。結果として、重大犯罪が起きても、法的評価より先に大国政治の壁にぶつかることがある。
また、裁判所が一部地域や一部国家に偏っていると批判されやすくなる。実際には制度上の制約が大きいとしても、大国が裁判の外側にいながら小国や弱い国家だけが裁かれるように見えれば、裁判所の公平性への信頼は傷つきやすい。参加国の偏りは、ICC の正当性と実効性の両方に影響する問題である。
国際刑事裁判所は国際社会における正義を実現できるのか
ICC は国際社会における正義を完全に実現する装置ではないが、重大犯罪を裁く共通基準を持ち込んだ点で大きな意味を持つ。国家が動かず、被害者が救済されず、加害者が権力の中に残る状況であっても、少なくとも国際社会が犯罪として名指しし、捜査し、責任を問う場が存在すること自体に大きな意味がある。
一方で、逮捕の困難、国家協力への依存、大国不参加、政治的選択性の問題があり、すべての重大犯罪を平等に裁けるわけではない。したがって ICC は完成した正義そのものではなく、不処罰を減らすための一つの制度的手段として理解する必要がある。それでも、国家権力の背後にいる個人へ国際社会が刑事責任を問えるようにしたことは、現代国際法の大きな前進である。
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