第9章 国際政治の動向と課題

国後島

国後島

国後島とはどのような島か

国後島は、北海道東岸の根室半島の北東に位置する、日本が北方領土と呼ぶ四島のうちの一つである。面積は約1490平方キロで、四島の中で択捉島に次いで二番目に大きい。現在はロシアが実効支配し、サハリン州クナシル地区として行政区分されている。日本とロシアの領土問題の中心的な対象の一つである。

国後島の地理と自然はどうなっているか

国後島は南西から北東へ長く伸びた形をしている。長さは約120キロにおよび、標高1700メートルを超える爺爺岳などの活火山が連なる。全島が山岳地帯であり、原生的な森林とカルデラ湖、温泉などが豊かな自然を作り出している。

気候は冷帯で、冬は積雪と流氷に囲まれる。海岸線は複雑で、天然の漁場を多く持つ。サケ、マス、カニ、コンブなどの水産資源が豊富で、古くから漁業の拠点として重要な位置を占めてきた。アイヌ民族の伝承と地名にも深い歴史を残す島である。

国後島の歴史的な位置付けは何か

江戸時代には松前藩の支配領域に含まれ、アイヌの人々と和人の交易が行われていた。1855年の日魯通好条約では、択捉島と得撫島の間に国境が引かれ、国後島は日本の領土と確認された。以来、ロシアが占領するまで日本が継続的に支配し、住民も居住してきた。

1945年8月、ソ連軍は日ソ中立条約を破って対日参戦し、終戦後の9月に国後島を占領した。その後、日本人住民は強制的に引き揚げさせられ、現在はロシア系の住民が中心に居住する。日本政府は歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島を合わせて北方領土と呼び、日本固有の領土として返還を求めている。

国後島をめぐる領土問題の法的構造はどうなっているか

国後島の帰属問題は、サンフランシスコ平和条約、日ソ共同宣言、国際法上の領土の帰属原則をめぐって議論されている。ロシアは第二次世界大戦の結果として獲得したと主張し、日本は日本固有の領土であり千島列島には含まれないと主張している。両者の主張は法的にも歴史的にもかみ合わず、長期の課題となっている。

サンフランシスコ平和条約の文言はどう関係するか

1951年のサンフランシスコ平和条約第2条c項は、日本が千島列島とその他の島々の権利を放棄すると定めた。日本政府は、国後島と択捉島は地理的、歴史的に見て千島列島には含まれず、条約の放棄対象ではないという立場である。これらは江戸時代以来、一貫して日本の領土であり、ロシアが領土とした時期はなかったことが根拠とされる。

一方、ソ連、後にロシアは国後島を含む四島を条約で放棄されたと主張してきた。ただしソ連はサンフランシスコ平和条約に署名していないため、条約上の権利を直接主張することはできない。この微妙な法的状況が、交渉をさらに複雑にしている。

日ソ共同宣言の内容はどうなっているか

1956年の日ソ共同宣言は、戦争状態の終結と国交正常化を定めた宣言である。領土問題については、平和条約の締結後に、ソ連が歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すと明記された。ただし、国後島と択捉島は宣言の中で明確に扱われず、日本は四島一括返還、ソ連は二島のみの引き渡しという立場の隔たりが残った。

この宣言は、法的には現在も日露関係の基本文書の一つである。しかし、平和条約が結ばれていない現状では、歯舞と色丹の引き渡しも実現しておらず、国後と択捉を含む四島の帰属も決着していない。日露関係の難しさは、この共同宣言の解釈とその後の国際情勢の変化に起因する部分が大きい。

国後島をめぐる現状と今後の展望はどうなっているか

国後島では現在も日ロ間のビザなし交流や元島民による墓参が行われてきたが、2022年以降の日ロ関係悪化で多くが停止している。島の実効支配とインフラ整備はロシア側で進み、日本の主張する固有の領土と現場の実態との乖離が大きくなっている。

島内の現状とロシアの政策はどうなっているか

国後島のロシア系住民は約8千人前後で、主要産業は漁業と水産加工である。ロシアは近年、インフラ投資を進め、住宅、空港、発電施設の整備を行っている。島の経済特区指定、税制優遇、軍事施設の強化など、実効支配を固める政策が重ねられている。

軍事面では、ロシアが国後島を含む北方領土全体に地対艦ミサイルや軍事拠点を整備し、オホーツク海と太平洋の接続を制する位置を重視している。日本政府は領土問題と切り離せないとして抗議を続けてきたが、実効支配を覆す手段は限られている。

日ロ交渉の歴史と現状はどうなっているか

冷戦終結後、日本は択捉、国後、色丹、歯舞の四島一括返還を求める方針で交渉を続けてきた。一時は、二島先行返還など柔軟な対応も議論されたが、いずれも合意には至らなかった。北方領土問題は日ロ平和条約締結の前提とされ、解決なしには条約も結ばれない構造になっている。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、両国関係は急速に悪化した。ロシアは平和条約交渉の停止を表明し、ビザなし交流や元島民の墓参も中断された。国後島の帰属問題は、国際情勢の悪化の中でさらに長期化し、今後の日ロ関係の在り方を左右する重要な論点として残っている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-23