第1章 文明の成立と古代文明の特質

旧人

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旧人とはどのような化石人類なのだろうか

旧人は、約60万年前から3万年前までの更新世後期に生きた、原人と新人の間をつなぐ段階の化石人類を指す。代表はヨーロッパ・西アジアに分布したネアンデルタール人であり、中央アジアのデニソワ人もこの段階に含めて語られることがある。脳容積は現代人と同等かそれ以上に大きく、寒冷地に適応したがっしりした身体、剥片石器を中心とするムスティエ文化、埋葬の習慣など、複雑な精神文化の芽生えをもつ集団だった。原人から新人へと進化が進む中で、地域ごとに分化した存在として位置づけられる。

旧人はどのような身体的特徴をもつのか

旧人は、原人より丸みを帯びた頭蓋骨と大きな脳容積をもつ一方で、眉骨の張り出しや低い額、後方に突き出た後頭部など、現代人にはない原始的な特徴も残す。身長は1メートル60センチから1メートル70センチで、胸郭が厚く四肢が短い寒冷地適応型の体格だった。骨は厚く筋肉質で、現代人より力が強かったと推定される。鼻腔は大きく、冷たい空気を肺に到達する前に温めるのに適した形をしている。これらの特徴は、氷期のヨーロッパの厳しい気候に長期間適応して進化した結果と考えられている。

旧人はどのような文化をもっていたのか

旧人の代表的な文化はムスティエ文化と呼ばれ、石核を加工して目的の形の剥片を効率よく剥ぎ取るルヴァロワ技法を特徴とする。これにより鋭い刃をもつスクレイパー、点状の石器(ポイント)、小型のハンドアックスなどが作られ、獣皮の加工や投槍の製作に用いられた。火の使用は日常化し、洞窟や岩陰を住居として利用した。さらに、死者を意図的に埋葬し、副葬品らしきものを添える例も見つかっており、死の意味を考える精神的活動の萌芽が認められる。病人や高齢者を世話した痕跡も、一部の化石に残されている。

旧人はどのように世界に広がったのか

旧人の主要な系統であるネアンデルタール人は、ヨーロッパ・西アジア・中央アジアまでに分布していたことが確認されている。発見地はドイツのネアンデル谷、フランスのラ・シャペル・オ・サン、スペインのアタプエルカ、イスラエルのカルメル山、ウズベキスタンのテシクタシュ、シベリア南部のデニソワ洞窟など、ユーラシア西部から中央部にわたる。一方、デニソワ人はシベリアから東アジア・東南アジアにかけて分布していた可能性が指摘されている。旧人はこの広い地域で、氷期の寒冷環境に適応しながら独自の文化圏を形成していた。

旧人は新人とどう関わったのか

旧人の系統は、現代人類にそのままつながっていないとされる。しかし、約7万年前以降にアフリカから出てきたホモ=サピエンスが旧人の分布地に進入した際、両者は接触し、交雑が起きたことがDNA解析から明らかになっている。現代のアフリカ以外の人類は、ゲノムのおよそ1〜2パーセントをネアンデルタール人から受け継いでおり、アジアの一部集団はさらに数パーセントをデニソワ人由来としてもつ。その後、旧人の独立した集団は約3〜4万年前に姿を消した。旧人は現代人と直接の系統ではないが、身体と文化の両面で現代人類の成立に深く関わっている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-22