文明の誕生
農耕と牧畜の始まり
人類の歴史において、食料を「獲得」することから「生産」することへの転換は、文明形成の根本的な前提となった。約1万年前、氷期が終わって新たな間氷期を迎えると、地球の温暖化が進み、現在とほぼ同じ気候や地形が形成された。この環境変化のなかで、人々は洞窟から離れ、平地に小屋を建てて定住するようになった。定住という生活スタイルの変化は、道具と食料確保の方法を根本から変えていく。
新石器時代の道具と生活
この時代の人々の暮らしを特徴づけるのが、磨製石器の普及である。磨製石器とは、石器の先を砂などで磨いて刃をつけたものであり、より精巧な形状と鋭さを実現した。打製石器から磨製石器への移行期を中石器時代と呼び、この時期には細石器がさかんに用いられた。また、穀物の採集には石鎌・石臼・石杵が使われ、土器による加熱調理も広まった。なかでも彩文土器(中国では彩陶)は各地で確認されており、当時の技術水準と交流の範囲を示す重要な遺物である。家畜飼育や農耕への転換を画期とする時代を新石器時代と呼ぶ。この時代に、食料獲得経済の段階から食料生産経済の段階への飛躍が起きた。これを食料生産革命(新石器革命)という。
農耕の地域的展開
農耕はひとつの地域で突然に生まれたわけではなく、各地の環境条件に応じた形でほぼ独立して発生し、やがて互いに影響を与えあいながら広がっていった。西アジアでは、約1万年前にメソポタミア北部からアナトリア高原にかけての地域で麦の栽培が始まった。ヨルダン川西岸のイェリコやイラクのジャルモには農耕集落が形成されている。麦作地の周辺には偶蹄類の動物が生育しており、羊が早く家畜化され、その後、牛や豚などの飼育が始まった。
東アジアでは、約9000年前に長江流域で稲が栽培され、丸みをおび粘り気が強いジャポニカ種が多く育てられた。なお、ガンジス川流域では粘り気が弱いインディカ種が栽培されており、地域によって品種も異なる。約8000年前には黄河流域でアワとキビの栽培が始まった。中央アメリカでは約9000年前にカボチャなどが栽培され、約7000年前にはトウモロコシが大規模に栽培されるようになった。東南アジアではイモを中心とした根栽農耕が行われ、中央アフリカのサバナ地帯では夏作雑穀のシコクビエやモロコシが栽培された。農耕文化は環境の類似する周囲に拡大するとともに、ほかの地域から伝わってきた農耕文化を取り入れて農耕を開始した地域もある。アジアの麦栽培や牧畜は7000年前ごろにヨーロッパに伝播し、日本列島で本格的に稲や雑穀の農耕がはじまるのは前5世紀ごろとされている。
遊牧文化と巨石建造物
農耕と並んで人類の生活を支えたのが遊牧文化である。前1千年紀ごろ、乾燥帯のステップで家畜技術と飼育技術が結合して遊牧文化が生まれた。広大なステップにおいて、時期的な降雨を求めて家畜を大規模に移動させるこの生活様式は、近隣の農耕地域と密接な関係をもちながら発展した。遊牧民は遠距離交易にも従事し、広域にわたって文化を伝達する役割も果たした。この点は、後の世界史においてユーラシアの東西をつなぐ交流の担い手として遊牧民が重要な位置を占める伏線となっている。また、新石器時代の人々が残した文化的証拠として巨石建造物がある。イギリスのストーンヘンジ、フランスのカルナック、日本のストーンサークルなどはその代表例であり、高度な社会組織なしには建設できない構造物として注目される。
文明の誕生
農耕の普及によって余剰生産物が生まれ、人口が増加し、社会に階層が生まれた。この変化こそが「文明」の誕生を可能にした根本的な条件である。文明とは単なる技術の進歩ではなく、社会の組織化と権力の集中、そして文化的な創造の複合体として理解すべきである。
国家の形成
農業生産の拡大は人口増加と食料分配の制度化をもたらした。こうした状況のなかで、人口を大きな社会のなかに秩序立てた政治システムとしての国家が登場する。国家は領土と、そこで生活する人々を支配する組織体として機能した。メソポタミアの事例は、国家がどのように形成されたかを示す典型例である。灌漑施設の維持には組織化された集団とその指導者が必要となり、神意を占う神官たちや収穫された農産物の管理・分配を行う王が現れた。こうした権力構造を神権政治という。神殿や王宮を中心にして余剰生産物を蓄積する都市が形成され、メソポタミアでは前4000年紀ごろにその動きが確認されている。また、祭祀や財政・会計事務のために文字が発達した。文字記録が存在する時代を歴史時代と呼び、それ以前を先史時代と区分する。歴史時代はわずか5000年程度しかなく、人類の長い歴史のなかではごく最近の話である。
支配階級の文化と文明の共通性
支配階級の人々は美術・工芸品によって権力や富を誇示した。青銅器の使用もこの時代の特徴であり、斧や刀剣、容器、装身具、留針など多様な用途に使われた。青銅器の素材は遠隔地から輸入する必要があり、そのための交易が各地で展開された。神殿はこうした交易活動も統括するなど、宗教・政治・経済の中心として機能した。すべての地域の文明には共通性と地域ごとの独自性がみられる。農耕文化を基盤とした国家が大河流域や高地などに生じ、文明をつくり出す動きは世界各地で確認できる一方、東アジアでは都市群の発達が比較的遅く、古アメリカの一部では文字の使用が認められないなど、文明の様相は多様であった。文明の発展がどの地域でも同一の道筋をたどったわけではないという視点は、世界史を学ぶ上での基本的な構えとなる。
まとめ
この単元で学んだことを通じて、現代の私たちが使っている食料・道具・社会制度のほとんどが、約1万年前に始まった農耕革命とそれに続く文明の誕生に端を発していることがわかる。農耕という「食料を自分で作る」という発想の転換が、余剰生産物を生み出し、階層を生み出し、国家と文字と都市を生み出した。これは単なる遠い過去の話ではなく、税金・行政・法律・宗教という現代の仕組みすべてが、灌漑農業と神権政治から続く系譜の上にある、ということでもある。また、文明の形が地域によって異なることは、環境と文化がいかに密接に結びついているかを示している。あなたが暮らす地域の農業や食文化は、どのような自然環境のなかで育まれてきたのだろうか。
- 山川『詳説世界史研究』
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