先史時代 要点解説
先史時代とは何か
先史時代とは、文字による記録が残される以前の時代を指す。人類の誕生から文字の使用開始までの期間は非常に長く、人類史の大部分を占める。ただし、文字が使われ始めた時期は地域ごとに異なるため、先史時代の終わりも世界で一斉ではない。
文字史料がない先史時代は、人骨の化石、石器、住居跡、動植物の残り、洞窟壁画などから調べる。遺物が見つかった地層、科学的な年代測定、道具についた傷などを組み合わせ、当時の生活や環境を考えていく。
人類の特徴と進化
人類の進化で早く現れた重要な特徴は、直立二足歩行である。二足歩行によって手を移動以外の用途にも使いやすくなり、物を運ぶ、食物を加工する、道具を扱うといった行動が広がった。ただし、二足歩行がただちに脳の大型化を引き起こしたわけではない。二足歩行は脳容積の大幅な増大より先に成立し、身体・脳・行動の特徴は長い時間をかけて別々の速さで変化した。
道具、火、言語、文化も一度に完成したのではない。石器作りは少なくとも数百万年前までさかのぼり、火の利用や複雑な伝達方法も少しずつ発達したと考えられる。いくつもの特徴が組み合わさり、人類らしい生活が作られたと考えよう。
初期の人類と猿人

現在知られている初期人類の一つに、約700万~600万年前のサヘラントロプスがある。中央アフリカのチャドで発見され、頭骨の特徴から直立二足歩行の可能性が論じられている。ただし、初期人類の系統関係は化石が少ないため、確定していない部分も多い。
約440万年前のアルディピテクス・ラミダスはエチオピアから知られ、樹上生活と地上での二足歩行の双方に関わる特徴をもっていた。約420万~200万年前にアフリカ各地で暮らしたアウストラロピテクス類は、脳容積が現生人類より小さい一方、二足歩行を行っていた。ここからも、二足歩行が脳の大型化に先行したことが分かる。
かつて「ジンジャントロプス」と名づけられたオルドヴァイ峡谷の化石は、現在ではパラントロプス・ボイセイに分類される。1959年にメアリー・リーキーが発見したこの化石は、強大な顎と臼歯を備えた初期人類の多様性を示している。
ホモ属の登場と原人
ホモ属はおよそ280万年前までに現れた。ホモ・ハビリスは初期のホモ属として知られ、オルドヴァイ峡谷などの化石をもとに1964年に命名された。名称は「器用な人」を意味し、石器との関係が重視された。ただし、どの化石をこの仲間に含めるかについては意見が分かれている。
ホモ・エレクトスは約200万年前に現れ、アフリカからユーラシアへ広がった。インドネシアのジャワ島で発見された化石は「ジャワ原人」、中国の周口店で発見された化石は「北京原人」と呼ばれてきた。彼らは握斧などの石器を用い、集団で食物を得た。火の使用を示す証拠もあるが、時期や継続的な管理の程度は遺跡ごとに慎重な検討が必要である。
ドイツで発見された化石から名づけられたホモ・ハイデルベルゲンシスは、約70万~20万年前ごろの人類をまとめる名称として使われてきた。ただし、どの化石をこの仲間に含めるかや、ほかの人類との関係については意見が分かれている。
ネアンデルタール人
ネアンデルタール人は、およそ40万年前から4万年前までヨーロッパと西アジアを中心に暮らした。1856年にドイツのネアンデル谷で発見された化石が名称の由来である。大きな脳と寒冷地に適応した頑丈な体をもち、剥片石器を作り、火や衣服を利用し、負傷者を支えたと考えられる例もある。
埋葬とみられる遺構は、死者への意識や社会的な結びつきを考える手がかりになる。ただし、すべてが意図的な埋葬だったかは、まだ研究が続いている。ネアンデルタール人は現生人類と同じ時期に暮らし、両者の間には子孫も生まれた。現在のアフリカ以外に祖先をもつ多くの人々の遺伝情報には、その痕跡が残っている。
ホモ・サピエンスの拡散
現生人類であるホモ・サピエンスは、約30万年前までにアフリカで現れた。やがてアフリカの外へ移動し、ユーラシア、オーストラリア、南北アメリカへと広がった。移動は一度だけではなく、異なる集団が何度も移動して交流した。ネアンデルタール人などとの間に子孫が生まれたことも分かっている。
南北アメリカへの移動では、氷期に海面が下がったベーリング地域が重要だった。少なくとも約1万5000年前にはアメリカ大陸に人類がいた証拠がある。ただし、最初に到着した年代や移動経路はまだ確定していない。
「クロマニョン人」は、ヨーロッパで発見された初期のホモ・サピエンス化石を指す歴史的な呼称である。現代人とは別種でも、すべての現代人に直結する単一の祖先集団でもない。中国の周口店上洞人など、各地の化石はホモ・サピエンスの広がりと地域的な多様性を示す。
道具と芸術


後期旧石器時代には、石核から細長い石刃を取り出す技術が発達し、骨や角を用いた針、銛、装身具なども作られた。道具の種類が増えたことは、狩猟や衣服製作などの技術が細分化したことを示している。
フランスのラスコー洞窟やショーヴェ洞窟、スペインのアルタミラ洞窟には、動物を中心とする壁画が残る。アルタミラの壁画は1879年に注目され、ラスコー洞窟は1940年に発見された。ショーヴェ洞窟には非常に古い壁画があるが、「世界最古」と断定するより、最古級の洞窟芸術の一つと表現するのが適切である。
女性像を表した小像も各地で見つかっている。豊穣や生命を願う呪術と結びつける説はあるものの、用途や意味を直接示す文字記録はない。宗教具、自己表現、社会的記号など複数の可能性を残して考える必要がある。
人種・民族・言語

近代には、肌の色や頭骨などを基準に人間を「白色人種・黄色人種・黒色人種」などへ分ける考えが広まった。しかし、現生人類は一つの種であり、遺伝的な違いは地域の間で少しずつ変化している。従来の人種区分の間に、はっきりした生物学上の境界はない。また、個人の能力や性格を人種から説明することもできない。一方で、人種という社会的な区分は、差別や格差を生んできた。
民族は、言語、宗教、歴史の記憶、生活習慣などを共有し、仲間だという意識をもつ集団を指す。民族の境界は固定的ではなく、移住、国家形成、交流によって変化する。「民族」という分析概念は近代の学問で整えられたが、人々の集団意識そのものが近代に突然作られたわけではない。
言語は共通の祖先をもつ語族に分類される。インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族などが代表例である。かつて広く使われた「アルタイ語族」という分類は、一つの祖先の言語から分かれたのか、長い交流によって似たのかについて意見が分かれる。日本語は日本語族に属すが、ほかの語族との関係は確定していない。
まとめ

先史時代の人類史は、猿人・原人・旧人・新人が一直線に交代した物語ではない。複数の人類集団が枝分かれし、ときには同じ時代と地域に暮らし、交流を重ねた歴史である。年代や分類は、新しい化石や遺物の発見によって変わることもある。証拠からどこまで分かるのかを意識しながら、人類の身体、技術、社会、文化が変化した過程を理解しよう。