第9章 国際政治の動向と課題

被爆症認定

被爆症認定

被爆症認定とはどのような制度であり、なぜ長い訴訟の歴史を生んでいるのか

被爆症認定とは、広島・長崎への原爆投下によって放射線の影響を受けた人々が、その病気や障がいを原爆による「被爆者」として国家に公式に認めてもらうための制度である。日本では1957年に制定された原子爆弾被爆者の医療等に関する法律を起点として制度化が始まり、1994年には被爆者援護法に一本化された。被爆者健康手帳の交付と、原爆症と認定された者への医療特別手当の支給が制度の中核をなす。しかし「どこまでを原爆の被害と認めるか」という線引きをめぐって、国と被爆者の間で半世紀以上にわたる訴訟が続いてきた。被爆症認定は、核兵器の被害が投下の瞬間にとどまらず、被爆者の人生全体にわたって続くという事実を、国家がどう引き受けるかを問う制度である。

被爆者健康手帳と原爆症認定の二段構造はどのように成立しているのか

制度は二段階に分かれている。まず被爆者健康手帳は、爆心地から一定範囲内で被爆した者、原爆投下後2週間以内に爆心地近くに立ち入った入市被爆者、救護活動などで放射線に接した者、胎内被爆者などに交付される。手帳の交付を受ければ医療費の自己負担が軽減される。次に原爆症認定は、被爆者が発症した疾病が「原爆の放射線に起因する」と国が認定した場合に与えられるもので、月額14万円前後の医療特別手当が支給される。①手帳交付により「被爆者」であることが認められ、②特定の疾病が原爆起因と認定され、③手当が支給されるという順で審査が進む。

問題となってきたのは②の認定段階である。国は長く「原因確率」という数値モデルを用い、被爆距離・残留放射線量・発症確率などを機械的に当てはめて可否を判断してきた。しかし被爆から数十年を経て発症するがんや心筋梗塞、白内障などの晩発性障害は、放射線との因果関係を個別に立証することが極めて難しい。国の基準が厳しすぎるために認定されない被爆者が多数生じ、その不服申立てが集団訴訟へと発展していった。

被爆症認定をめぐる訴訟はどのように展開してきたのか

代表的な訴訟として、2003年に全国で提訴された原爆症認定集団訴訟がある。原告となった被爆者は全国17の地方裁判所で約300人にのぼり、国の認定基準の不合理性を正面から争った。2006年の大阪地裁判決を皮切りに、下級審では国の認定を取り消す判決が相次いだ。国側は敗訴を重ね、2008年には認定基準を一部見直して「新しい審査の方針」を策定した。2009年には麻生太郎首相と日本被団協との間で集団訴訟の終結に向けた確認書が交わされた。それでも裁判はその後も続き、2015年以降の「黒い雨訴訟」では、広島原爆投下後に降った放射性降下物を浴びた地域住民にまで被爆者の範囲を広げることが争われた。2021年に広島高裁は原告全員を被爆者と認める判決を下し、国も上告を断念した。

一連の訴訟が明らかにしたのは、科学的知見には限界があり、被爆の実態は数式では割り切れないという事実であった。司法はこの点を踏まえ、被爆者の救済という立法目的に照らして認定基準を弾力的に解釈する立場を取り続けてきた。

在外被爆者の問題と国家補償の論点はどのように捉えられるか

認定問題はさらに、日本国外に居住する被爆者(在外被爆者)にも広がっている。韓国・北朝鮮・ブラジル・アメリカなどに戦後移住した被爆者は、長く援護法の対象外とされた。2002年の最高裁判決(郭貴勲訴訟)は、被爆者が国外に出た時点で援護法上の地位を失うとした国の運用を違法と判断し、以降は海外在住被爆者にも手当の支給が認められるようになった。2015年の最高裁判決では、海外居住被爆者にも国内居住者と同様の医療費支給を認める判断が示された。

また、根本的な論点として、被爆者援護は「戦争被害受忍論」に立つ社会保障なのか、それとも国家による戦争責任に基づく補償なのかという議論がある。国は「社会保障としての援護」という立場を堅持しているが、被爆者団体は国家補償を求め続けてきた。この論点は空襲被害者や沖縄戦被害者など他の戦争被害者の救済とも関わっており、被爆症認定制度の在り方は、戦争責任と国家補償をめぐる戦後日本の未解決の課題を象徴している。

被爆症認定が今日の核兵器問題に持つ意味は何か

被爆症認定をめぐる長い訴訟の歴史は、核兵器が投下された瞬間の被害にとどまらず、放射線障害という目に見えにくい長期被害を人々に強いる兵器であることを可視化してきた。2017年の核兵器禁止条約の前文には、被爆者(ヒバクシャ)が受けた容認しがたい苦しみが明記されており、日本被団協が2024年にノーベル平和賞を受賞した背景にも、被爆者自身の長年の証言活動と認定訴訟が大きく影響している。被爆症認定は単なる国内行政制度ではなく、核兵器の非人道性を国際的に証明する実証的基盤としての意味を持ち続けている。被爆者の高齢化が進むなかで、この記憶と記録を次世代にどう継承するかが、制度の次の課題となっている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24