第9章 国際政治の動向と課題

核抑止論

核抑止論

核抑止論とはどのような考え方か

核抑止論とは、核兵器を保有することによって相手国に「攻撃すれば自国も核による壊滅的な報復を受ける」という恐怖を与え、先制攻撃を思いとどまらせるという安全保障理論である。核兵器の破壊力が「攻撃してでも得られる利益」をはるかに上回ることから、理性的な国家は核攻撃を選択しないという前提に立っている。この「恐怖による平和」の論理は冷戦期のアメリカとソ連の関係を基盤に発展し、現代の国際安全保障の根幹を形成している。

核抑止論はどのような仕組みで機能するのか

核抑止が機能するためには、いくつかの条件が必要である。「第二撃能力(second strike capability)」の確保である。相手の先制核攻撃を受けて自国の核兵器が破壊されても、生き残った核兵器で報復できる能力を持つことで、先制攻撃のメリットを消す。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)はその代表例で、海中に隠れているため先制攻撃で撃滅することが難しい。第二に「信頼性」である。報復する意志と能力があることを相手に信じさせることが不可欠で、政治指導者の発言や軍事演習が抑止の信頼性を高める役割を果たす。

このような均衡状態を「恐怖の均衡」と呼ぶ。冷戦期の米ソは互いに何万発もの核弾頭を向け合いながら、直接の軍事衝突を回避し続けた。核抑止論者はこの事実を「核抑止が機能した証拠」として挙げる。

拡大抑止と「核の傘」はどのように機能するか

核抑止の論理は、同盟国にも拡張される。これを拡大抑止(extended deterrence)、または「核の傘」と呼ぶ。核保有国が同盟国を核攻撃から守ることを約束し、「同盟国への攻撃は核保有国への攻撃と見なす」という姿勢を示す。日本はアメリカの核の傘のもとに置かれており、日米安全保障条約に基づく拡大抑止が機能している。

核抑止論への批判と限界

核抑止論には様々な批判がある。まず「偶発的核戦争」のリスクである。誤警報や技術的誤作動、指導者の判断ミスによって核戦争が始まる可能性は排除できない。冷戦期には、誤警報によって核報復が開始される寸前の出来事が実際に複数回起きている。次に、核保有国が多様化すれば抑止の論理が複雑になり、一方が崩れると連鎖的に機能不全を起こすリスクがある。さらに、核抑止論は「核兵器の永続的な存在」を前提とするため、廃絶を目指す立場からは根本的に相容れない論理として批判される。

核抑止論と核廃絶論の対立は今も解消されておらず、2017年に核兵器禁止条約が発効したことで、この対立は再び国際社会の焦点となっている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24