第9章 国際政治の動向と課題

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)とはどのような組織か

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN、International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)とは、2007年にオーストラリアのメルボルンで正式発足した、核兵器禁止条約の成立を目的とする国際NGO連合である。特定の国家や政党に属さず、世界各地の平和団体・市民団体・宗教団体・学術団体などの加盟によって構成され、現在は100か国以上の数百団体が参加している。事務局はスイスのジュネーブに置かれ、国連機関との連携を前提に国際的なロビー活動と広報活動を展開してきた。

発足の背景と基本的な戦略はどのようなものか

ICANの発足は、対人地雷全面禁止条約(1999年発効)とクラスター爆弾禁止条約(2010年発効)の成功を核兵器分野に応用するという戦略的な発想を背景としている。両条約は、核保有国や軍事大国の反対にもかかわらず、賛同する中小国と市民社会の連携によって成立した。ICANはこのモデルを踏まえ、核保有国の合意を待つのではなく、非核保有国と市民社会の連合によって「核兵器の使用・開発・実験・製造・保有・配備を全面的に禁止する条約」を先行して成立させるというアプローチを採用した。

従来の軍縮論が「抑止・安全保障」を軸にしていたのに対し、ICANは核兵器がもたらす人道的被害を前面に出す「人道アプローチ」を徹底した。2013年以降、ノルウェー・メキシコ・オーストリアで核兵器の人道的影響に関する国際会議が開かれ、広島・長崎・ビキニなどの被害の実態と気候・医療・食糧への長期的影響が科学的に示された。ICANはこの議論を条約交渉へ結びつける役割を担った。

ICANの運営は少人数の常勤スタッフと世界各地の加盟団体の協力によって行われている。各国の加盟団体はそれぞれの政府・議会・自治体・世論に働きかけ、国際会議の場ではICAN代表団が外交官と直接交渉する。市民運動でありながら、国連や各国外務省と恒常的にやりとりする国際アクターとして機能している点は、従来のNGOの枠に収まらない特徴として注目される。

核兵器禁止条約の採択にどのように貢献したか

2017年7月7日、国連本部で核兵器禁止条約(TPNW)が採択された。ICANは条約交渉の準備段階から国連総会への提起、条約交渉会議におけるロビー活動、各国代表団への働きかけまで一貫して主導的な役割を果たした。条約は122か国の賛成で採択され、2021年1月に発効した。核兵器を全面的に違法化する初めての国際条約であり、核抑止論を前提とした従来の軍縮条約とは性格を大きく異にする。

これらの貢献に対し、2017年のノーベル平和賞がICANに授与された。授賞式では、被爆者であり広島出身のサーロー節子がICANを代表して演説を行い、被爆の記憶を条約成立の根拠として世界に示した。核抑止論と対立しつつも、市民社会と非核保有国の連合が軍縮条約を主導できることを実証した事例として評価されている。

条約発効後は、締約国会議の開催や批准国の拡大、金融機関による核兵器製造企業への投融資見直しなどの副次的な動きが生まれている。ICANはこうした動きを「条約の規範的効果」と呼び、核保有国が条約に加わっていなくても、核兵器をめぐる国際的な常識を変えることができると主張している。法的拘束の有無を超えて、核兵器が「許容される兵器ではない」という規範を定着させる戦略である。

核抑止論との関係と残された課題は何か

核兵器禁止条約には核保有5か国(米・英・仏・露・中)および核の傘のもとにある日本・韓国・NATO加盟国などが署名していない。ICANはこれらの国々に対して条約への参加と、少なくともオブザーバーとしての会議出席を継続的に呼びかけている。日本国内でも自治体や市民団体を通じた署名支持の動きがあり、政府方針との緊張関係を生んでいる。

ICANの活動が示すのは、核抑止を正面から否定するアプローチが国際社会で一定の法的地位を得たという事実である。核抑止論と核廃絶論の対立は解消されていないが、ICANの取り組みによって「核兵器の違法化」という選択肢が国際法の枠組みに位置づけられた。NPT体制の限界を補完する方向で、市民社会主導の軍縮が一つの現実的な道筋として示されたと言える。

課題も多く残る。条約に核保有国が参加しないかぎり、核弾頭の実際の削減は進まない。2022年のロシアによるウクライナ侵攻で核使用が示唆され、2023年にプーチン大統領が新STARTの履行停止を表明するなど、核軍縮をめぐる環境は悪化している。ICANは「条約の規範効果」を武器に、核抑止依存からの離脱を各国に迫り続けているが、その道のりは依然として険しい。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24