新START
新STARTとはどのような条約か
新START(New START: New Strategic Arms Reduction Treaty)は、2010年4月にアメリカのオバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領の間でプラハにおいて調印され、2011年2月に発効した米ロ間の戦略核削減条約である。正式名称は「戦略的攻撃兵器の一層の削減および制限のための措置に関する米ロ間条約」であり、STARTⅠ(2009年末に期限満了)とモスクワ条約の後を継いで結ばれた。戦略核の削減と厳格な検証体制を改めて制度化した条約として位置づけられる。オバマ大統領が2009年のプラハ演説で「核なき世界」を訴えたことと対応し、同年のノーベル平和賞受賞の延長線上にある成果と評価された。
新STARTはどのような内容を定めたか
新STARTは、米ロ双方が配備する戦略核戦力に三つの上限を設定した。①配備される戦略核弾頭の上限を1,550発まで削減すること、②配備されるICBM・SLBMの発射機および重爆撃機の合計を700基までに制限すること、③配備・非配備を問わない運搬手段の総数を800基までに制限すること。削減期限は発効から7年後とされ、2018年2月までに米ロ双方は上限を下回る水準を達成した。条約には年間18回までの現地査察、詳細な通告義務、データベースの相互提供など、モスクワ条約が欠いていた厳格な検証措置が復活した。これにより米ロの戦略核戦力は再び「条約によって見える」状態に戻ることになった。年間の通告件数は数千件にのぼり、ミサイルの移動や点検、新型兵器の配備状況などが日常的に交換されることで、両国は相手の戦力を条約上の枠内で把握し続けられる仕組みが整えられた。
新STARTはどのような背景から生まれたか
2000年代後半、米ロは冷戦後最低水準に冷え込みつつあった。2008年のロシア・ジョージア戦争、NATOの東方拡大、ミサイル防衛の東欧配備計画などが重なり、両国関係は緊張していた。オバマ政権はロシアとの関係「リセット」を掲げ、軍備管理の再構築を外交政策の中心に据えた。STARTⅠが2009年末に期限を迎えることが決まっていたため、失効前に後継条約を結ぶ必要性はきわめて高かった。モスクワ条約の検証規定の弱さも課題として意識されており、新STARTはSTARTⅠの検証体制の精神を現代化した形で引き継ぐことが目指された。調印から米上院の批准承認までは難航したが、2010年末にオバマ政権は批准にこぎつけ、ロシア議会も続いて批准し、2011年2月に発効した。批准審議では、ミサイル防衛の将来的な制約の有無や、検証措置の細部などが論点となり、条約の実施に関する一方的解釈声明が付される形で決着した。
新STARTはどのような変遷をたどったか
新STARTは当初、10年間の有効期間(2021年2月までの満了)を持ち、最大5年の延長が可能とされていた。2021年1月にバイデン新政権が就任すると、米ロはわずか2週間の交渉で5年間の延長に合意し、条約の有効期限は2026年2月まで延長された。これは、悪化する米ロ関係のなかで唯一残った主要な軍備管理条約を失効させないための応急的な合意であった。しかし2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始すると、米ロ関係は決定的に悪化した。2023年2月、プーチン大統領は新STARTの履行停止を一方的に宣言し、ロシアは現地査察の受け入れや一部の通告を停止した。条約自体は法的には有効のまま残っているが、検証機能は大きく損なわれ、条約の運用は事実上停止状態に置かれている。ロシア側は配備弾頭数の上限は守り続けると表明しており、アメリカも対抗措置として一部の通告を停止するにとどめたが、冷戦末期以来続いてきた米ロ相互査察の伝統はここで一度途切れた。
新STARTの意義と課題は何か
新STARTの意義は、①戦略核の上限を冷戦後最低水準まで下げ、米ロ間の核戦力を可視化する検証制度を再構築したこと、②「核なき世界」の理念を現実の数値と制度に結びつけた条約であること、にある。一方で課題も大きい。①条約は戦略核のみを対象とし、戦術核・低出力核・新型兵器(極超音速ミサイル、自律型兵器、宇宙・サイバー領域の戦力)を対象にしていない。②中国が米ロに次ぐ核戦力を持ちつつあるなかで、二国間条約の枠組みの限界が露呈している。③2023年の履行停止と2026年の期限満了が近づくなか、新STARTの後継条約の交渉は進んでいない。新STARTが失効すれば、米ロ間の戦略核はほぼすべての条約上の制限を失うことになる。2023年の世界終末時計が1分30秒前、2026年には1分25秒前と過去最短水準を更新している背景には、この軍備管理の空白化がある。新STARTは「条約の連鎖」の最後尾に位置する条約であり、その運命は冷戦後に築かれてきた核軍縮秩序そのものの行方と不可分である。
新STARTを読み解く視点は何か
新STARTを位置づけるには、①条約が「核軍縮」と「戦略的安定」のどちらに重点を置いていたか、②条約が今どのような危機に直面しているか、の双方を見る必要がある。数値上の削減水準(配備戦略核弾頭1,550発)はSTARTシリーズとモスクワ条約の延長線上にあるが、本質的な貢献は検証制度の復活にあった。「核戦力が条約を通じて見える」という状態の維持こそが、新STARTが担った役割である。しかし2022年のウクライナ侵攻と2023年の履行停止によって、この可視性は失われつつある。2026年の条約期限が近づくなか、後継条約の見通しは立たず、米ロ戦略核がほぼ無条約状態に突入する可能性が現実味を帯びている。新STARTの運命は、単なる一条約の成否を超えて、冷戦期から積み上げられてきた核軍備管理の制度群そのものが維持されるかどうかを問う試金石となっている。