第9章 国際政治の動向と課題

戦略兵器削減条約(STARTⅡ)

戦略兵器削減条約(STARTⅡ)

戦略兵器削減条約(STARTⅡ)とはどのような条約か

戦略兵器削減条約(STARTⅡ: Strategic Arms Reduction Treaty Ⅱ)は、1993年1月にアメリカのブッシュ大統領(父)とロシアのエリツィン大統領の間でモスクワにおいて調印された米ロ間の戦略核削減条約である。STARTⅠをさらに進めて戦略核弾頭を削減するとともに、多弾頭化されたICBM(MIRV化ICBM)の保有を原則として禁止することを目指した野心的な条約であった。しかし米ロ双方の批准が噛み合わず、さらにアメリカがABM制限条約から脱退したことなどが重なり、STARTⅡは正式に発効することなく失効した。

STARTⅡはどのような内容を定めたか

STARTⅡの核心は、多弾頭化ICBMの廃止を条約上の義務として書き込んだ点にある。米ロ双方に対し、配備される戦略核弾頭の上限を最終的に3,000〜3,500発まで削減し、そのうちSLBMに搭載できる弾頭の上限を1,700〜1,750発と規定した。さらに、陸上配備のMIRV化ICBMは全廃とされ、ICBMに搭載できる弾頭は1基あたり1発のみに限定された。この「ICBMの単弾頭化」は、軍事的に先制攻撃の誘因を減らす設計と考えられていた。多弾頭化ICBMは「一撃で複数の標的を破壊できる」兵器であり、戦時においては敵に対して早期の先制発射を迫るプレッシャーを与えるとされる。これを条約で禁じることで、危機の際に指導者が「早く撃たなければ」と追い込まれる構造を緩和する狙いがあった。削減は二段階で進めることとされ、第一段階では配備弾頭を3,800〜4,250発まで、第二段階で3,000〜3,500発まで下げるというスケジュールが組まれていた。

STARTⅡはどのような背景から生まれたか

STARTⅠ調印直後の1991年12月にソ連が崩壊し、ロシア連邦が条約義務の主要な継承国となった。エリツィン政権は西側との関係強化を外交の柱に据えており、米国との一段の核削減合意は「冷戦からの決別」を国際社会に示す象徴的な政策として位置づけられた。アメリカのブッシュ政権もまた、冷戦後の新秩序をかたち作る成果としてSTARTⅡに強い関心を寄せた。調印は1993年1月、クリントン政権への移行直前という政治的にも象徴的なタイミングで行われた。しかしロシア国内では、経済混乱、議会と大統領の対立、チェチェン紛争などが同時に進行し、条約批准に国内政治のエネルギーを集中させることが困難であった。

STARTⅡはなぜ発効しなかったか

STARTⅡの発効には米ロ双方の批准が必要であった。アメリカ上院は比較的早い1996年に批准を承認したが、ロシア議会の審議は長期にわたって停滞した。ロシア側では、アメリカがNATO東方拡大を進めたこと、1999年のコソボ空爆でロシアの反発が強まったことなどが批准審議に逆風となった。ロシア議会は最終的に2000年にようやく批准を承認したが、2001年にアメリカ(ブッシュ政権)がABM制限条約からの脱退を通告し、2002年に正式に脱退した。これを受けてロシアはSTARTⅡの義務から離脱することを表明し、条約は発効しないまま事実上消滅した。MIRV化ICBMの廃止というSTARTⅡの核心部分は、ロシアの戦略戦力構成にとって特に痛みの大きい規定であり、ABM制限条約脱退という前提条件の変化は、この犠牲を正当化する枠組みそのものを崩した。

STARTⅡの失敗は何を物語るか

STARTⅡの失敗は、二つのことを示している。①条約は単独で成立するのではなく、関連条約の連鎖のなかで機能すること。ABM制限条約は攻撃兵器削減の前提となる「相互の脆弱性」を担保する条約であり、一方がそこから抜ければ、攻撃兵器削減条約も成り立たなくなる。②条約の「調印」と「発効」は別物であり、国内政治や国際情勢の変化で容易に断絶しうること。SALTⅡに続いてSTARTⅡも発効せずに終わったことは、軍備管理が常に政治の風に晒されている現実を示している。

STARTⅡの先にあったもの

STARTⅡ発効不能の状況を補うため、1997年には米ロ首脳会談で将来のSTARTⅢ交渉の枠組みが合意され、戦略核弾頭をさらに2,000〜2,500発まで削減する方向性が打ち出された。しかしSTARTⅢは正式な条約交渉に入ることすらなく、2002年にはより簡素な形の戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)が結ばれた。モスクワ条約は検証規定を大幅に簡素化し、米ロ関係の変化に柔軟に対応できる「軽い条約」として設計されたが、それはSTARTⅡが目指していた多弾頭ICBM禁止のような構造的な削減からは後退したものであった。STARTⅡは発効しなかったが、その野心——「削減」から「兵器の質的な再設計」への発展——は、その後の核軍縮議論のなかに課題として残り続けている。

STARTⅡを読み解く視点は何か

STARTⅡを理解する鍵は、条約の「設計思想」と「運命」の落差にある。多弾頭ICBMの廃止は、先制攻撃の誘因そのものを構造的に弱めようとする、きわめて踏み込んだ発想であった。危機の際に「先に撃たねば自国のミサイルが破壊される」という圧力が生まれにくいように、兵器そのものの性質を変える——これは軍備管理を一歩進めた発想である。しかしこの野心的な設計は、ABM制限条約という「相互の脆弱性」を支える柱が抜けた瞬間に崩れた。STARTⅡが残した最大の教訓は、軍備管理条約が単独の合意ではなく、関連する複数の条約や政治的前提とセットで初めて機能するという事実である。この連鎖的な構造を理解しておくと、モスクワ条約が検証規定を軽くした意味、新STARTが検証体制を復活させた意味、そして新STARTが揺らぐことの意味が、一貫した筋道として見えてくる。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24