大量破壊兵器
大量破壊兵器とはどのような兵器の総称なのか
大量破壊兵器(Weapons of Mass Destruction, WMD)とは、短時間のうちに大量の人命を奪い、広範な領域に壊滅的な被害をもたらす兵器の総称である。核兵器(Nuclear)、生物兵器(Biological)、化学兵器(Chemical)、そして放射能兵器(Radiological)の4種を含み、これらの頭文字をとってCBRN兵器とも呼ばれる。1948年に国連軍縮委員会が「核爆発兵器、放射能兵器、致死的な化学・生物兵器、および将来開発される同等以上の破壊効果を持つ兵器」と定義して以来、国際社会の軍縮の中心的対象となってきた。通常兵器との違いは、①無差別に非戦闘員を殺傷する、②被害が長期にわたり環境に残留する、③使用が国際人道法の基本原則に正面から抵触する、という点にある。大量破壊兵器の規制は、核軍縮と並んで現代国際政治の最重要課題の一つである。
三種の大量破壊兵器はそれぞれどのように規制されているのか
大量破壊兵器のうち核兵器については、1968年の核拡散防止条約(NPT)、1963年の部分的核実験停止条約(PTBT)が重層的に規制を構成する。さらに1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT、未発効)、2017年の核兵器禁止条約(TPNW)といった条約体系で規制されてきた。査察機関として国際原子力機関(IAEA)が1957年に設立され、非核保有国の核物質を軍事転用させないための保障措置を担っている。
生物兵器については、1972年に採択され1975年に発効した生物兵器禁止条約(BWC)が規制の中心である。BWCは生物兵器の開発・生産・貯蔵を全面的に禁止した史上初の大量破壊兵器条約だが、検証機関が設立されておらず、加盟国の誠実な履行に依存する構造となっている。2001年の米国同時多発テロ後に発生した炭疽菌郵送事件(アメリカ)は、バイオテロの脅威を現実の問題として改めて浮き彫りにした。
化学兵器については、1993年に採択され1997年に発効した化学兵器禁止条約(CWC)が最も厳格な規制を敷いている。CWCは化学兵器の開発・生産・保有・使用を全面禁止するだけでなく、化学兵器禁止機関(OPCW)を設立し、加盟国への査察権限を付与した。2013年にはシリア内戦での化学兵器使用疑惑を受け、シリアがCWCに加盟するとともにOPCWがノーベル平和賞を受賞した。
大量破壊兵器の概念はなぜ生まれ、どのように展開してきたのか
大量破壊兵器の概念は、20世紀における戦争の技術的変質から生まれた。第一次世界大戦では塩素ガス・マスタードガス(イペリット)などの化学兵器が大規模に使用され、その悲惨さから1925年のジュネーヴ議定書で戦時使用が禁止された。しかし議定書は開発や保有は禁じておらず、第二次世界大戦中には各国が生物兵器・化学兵器の研究を継続し、日本の731部隊による人体実験も行われた。1945年の原爆投下によって核兵器が加わり、1948年の国連軍縮委員会による大量破壊兵器の定義化につながった。
冷戦期にはBWC(1972年)、CWC(1993年)と条約整備が進んだものの、冷戦終結後は「ならず者国家」による保有疑惑、テロ組織による取得リスクが新たな問題として浮上する。1995年の地下鉄サリン事件はオウム真理教によるサリン(有機リン系神経ガス)の無差別使用として衝撃を与え、日本社会に化学兵器テロへの備えの必要性を強く認識させた。
2003年イラク戦争と「大量破壊兵器」の政治的利用はどう位置づけられるか
大量破壊兵器の概念が国際政治の前面に出たのは、2003年のイラク戦争である。アメリカのブッシュ(子)大統領とイギリスのブレア首相は、「イラクのサダム・フセイン政権が大量破壊兵器を開発・保有している」ことを戦争の主要な大義名分とし、2003年3月に国連安保理の明確な承認を得ないまま軍事侵攻を開始した。しかし戦後の捜索で実際に大量破壊兵器は発見されず、イギリスのバトラー報告(2004年)やアメリカのシルバーマン・ロブ委員会報告(2005年)は、開戦の根拠となった情報が不確実なものだったと結論づけた。この経緯は、大量破壊兵器の保有疑惑が時の政権の政治的判断によって戦争開始の根拠として用いられ得ること、そして国際社会が事後的にしかその誤りを検証できないことを示した。
現在ではイラン・北朝鮮・シリアの大量破壊兵器問題が継続的な争点であり、ロシアのウクライナ侵攻を受けて化学兵器・生物兵器・核兵器の使用リスクが再び高まっている。大量破壊兵器の規制は条約の存在だけでは十分ではなく、検証メカニズム、情報の透明性、国際社会の政治的合意の三つがそろって初めて機能する。国際法と現実政治の間に横たわる溝を、条約体系がどこまで埋められるか——この問いは21世紀の国際秩序を左右する中心的課題であり続けている。