第9章 国際政治の動向と課題

ロシア

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ロシアは核軍縮秩序にどのような位置を占めるのか

ロシアはソ連崩壊後に世界最大の核弾頭数を引き継いだ国であり、米ソが築いてきた二国間の核軍縮体制の当事者として、現在も国際的な核秩序の中心に立っている。推定核弾頭数は約5,890発とされ、この数字は世界全体の核弾頭の約半分に相当する。ロシアの核政策は、核抑止論・米ロ軍備管理条約・非核保有国との緊張という三つの文脈が交差する場であり、近年は条約体制から離脱する動きが顕著になっている。ロシアの選択次第で核軍縮秩序全体の行方が大きく揺らぐという構造は、現代の国際安全保障の中心的な不安定要因の一つとなっている。

ソ連崩壊後の核兵器継承はどのような問題を生んだのか

1991年のソ連崩壊は、核兵器の所在を大きく揺るがす出来事であった。当時、核弾頭はロシア連邦のほか、ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンの各共和国にも配備されており、ソ連邦の解体によって複数の新独立国が一夜にして「核保有国」となる危険が生じた。国際社会は核拡散防止条約(NPT)体制の破綻を懸念し、三国が保有していた核弾頭をすべてロシアへ移管することで合意が成立した。ロシアはソ連の核戦力・核交渉枠組み・国連安保理常任理事国の地位を包括的に継承する立場となった。

この継承によって、ロシアは米ソ間で積み重ねられてきたSALTⅠ・SALTⅡ・INF全廃条約・STARTⅠなどの軍備管理条約の当事者としての責務を引き受けた。冷戦終結後の核軍縮交渉は、米ソの二者交渉から米ロの二者交渉へと形を変えながら続くこととなった。ロシアの継承は、NPT体制を崩壊の瀬戸際から救った決定的な選択であり、核兵器が国家の興亡に深く結びついている現実を国際社会に再認識させる事例となった。

新STARTと米ロ核軍縮体制はどのように構築されてきたか

2010年、オバマ大統領とメドベージェフ大統領の米ロ首脳会談において、第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)の後継条約である新STARTが調印された。新STARTは両国が配備できる戦略核弾頭数を1,550発以下に制限し、相互査察と情報交換による検証メカニズムを備えた条約であり、冷戦後の核軍縮体制を象徴する枠組みとなった。検証メカニズムが組み込まれていた点は、安全保障のジレンマが生む相互不信を制度的に抑え込む仕組みとして評価された。

しかし2019年には、ロナルド・レーガンとミハイル・ゴルバチョフが1987年に結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約が失効した。アメリカはロシアが条約で禁止された射程の地上発射型ミサイルを開発していると主張し、一方のロシアはアメリカが欧州に配備したミサイル防衛システムがINFに抵触すると反論した。条約は両国の相互不信のなかで崩壊し、欧州の安全保障環境は冷戦期に類似した状況へと後退した。

ウクライナ侵攻と核威嚇はどのような転機となったのか

2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、核軍縮の歯車を決定的に逆回転させる出来事となった。プーチン大統領は戦略核戦力の警戒態勢を引き上げるよう命じ、戦況が不利に展開するなかで核兵器の使用可能性を繰り返し示唆した。この核威嚇は、冷戦後に封印されたと見なされていた「核兵器の実戦的脅しとしての利用」を国際政治の表舞台に復活させた。核保有国が通常戦争の遂行手段として核使用をちらつかせるという構図は、核抑止論の想定を大きく逸脱するものであった。

さらに2023年2月、プーチン大統領は新STARTの履行停止を表明した。履行停止は条約からの脱退ではないが、査察の停止と情報交換の遮断を意味し、米ロ間で維持されてきた透明性と信頼醸成の枠組みが機能不全に陥った。新STARTは2026年に失効予定であり、後継条約の見通しは立っていない。皮肉なことに、1994年のブダペスト覚書でウクライナは保有していた核弾頭をロシアに移管する見返りとして「領土の保全と主権尊重」の保障をロシア・アメリカ・イギリスから受けており、2022年の侵攻はその保障の形骸化を示す出来事ともなった。

推定5,890発という数字は何を示しているのか

2024年時点で、ロシアの推定核弾頭数は約5,890発である。アメリカの5,244発とあわせると両国で世界全体の核弾頭の約89%を占める。この数字は、核軍縮の実質的な進展が米ロ間の二者交渉なしには不可能であるという構造を示している。また、世界終末時計が2026年に「1分25秒前」と過去最短水準を更新し続けている現実は、ロシアの核政策がウクライナ侵攻と条約離脱によって国際的な核リスクの中核的な要因となっていることを物語っている。

ロシアは核抑止論・拡大抑止・戦略的優位性という三つの理由から核戦力を維持する立場をとり続けており、NPT第6条が定める「核軍縮交渉を誠実に行う義務」は事実上棚上げされている。ロシアの動向は、NPT体制が「核保有5か国の核を温存する論理」という批判にどう応えるかという根本的な問いとも直結している。ロシアの核政策をどう方向転換させるかは、米ロ関係にとどまらず、中国を含む多国間軍備管理体制をどう再構築するかという課題とも切り離せない。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-24