ドナルド・トランプ
トランプ政権の核政策はどのような転換をもたらしたか
ドナルド・トランプは第45代および第47代アメリカ合衆国大統領であり、核軍縮の歴史においてはオバマ政権期に構築された国際的な核管理体制を大幅に見直した政治指導者として位置づけられる。2018年のイラン核合意からの離脱、2019年のINF全廃条約破棄、2021年の新START延長をめぐる対立、2018年以降の北朝鮮との首脳会談などが代表的な政策事例である。いずれも既存の核軍縮の枠組みに対する再交渉・離脱・代替案提示という共通の論理で貫かれている。その政策は「交渉を通じてアメリカに有利な条件を引き出す」という取引的外交観を核領域に持ち込んだものであった。
イラン核合意からの離脱はなぜ行われたか
2015年、オバマ政権下でアメリカはイギリス・フランス・ドイツ・ロシア・中国とともにイランとの包括的共同行動計画(JCPOA、いわゆるイラン核合意)を締結した。この合意はイランがウラン濃縮活動や遠心分離機数を制限する見返りに、関連する国際制裁を解除するものであった。2018年5月、トランプはJCPOAから一方的に離脱し、イランに対する制裁を再開した。離脱の理由として、①合意の有効期限条項が長期的な核開発防止に不十分である、②弾道ミサイル開発や地域的な軍事活動が含まれていない、③検証メカニズムに抜け穴がある、という点が挙げられた。
イランは当初合意の遵守を続けたが、アメリカの制裁再開と欧州諸国の支援の限界を見て、2019年以降ウラン濃縮活動を再開した。この離脱は、NPT体制の外側で交渉された最大級の核不拡散合意が一方の離脱によって崩壊しうることを示した事例であり、国際的な核交渉の信頼性に深刻な打撃を与えた。
INF全廃条約の破棄はどのような背景を持つか
2019年2月、トランプ政権はロシアによるINF全廃条約違反を理由に条約破棄を通告し、同年8月に条約は正式に失効した。アメリカの主張はロシアが9M729型巡航ミサイルを開発・配備していたというものであり、これは条約上禁止された射程範囲に該当する兵器であった。ただしトランプ政権は、①中国がこの条約に拘束されておらず、中距離ミサイルを大量に保有していること、②中国を含む新しい三国間枠組みが必要であること、を並行して主張していた。
INF失効は1987年以来続いてきた初の核兵器削減条約の消滅を意味し、欧州における核戦力バランスに直接の影響を及ぼした。トランプの破棄判断は、条約違反への対処という正当性を持つ一方で、代替枠組みの構築を伴わないまま条約を消滅させたため、結果として中距離核戦力の再配備競争を誘発するリスクを世界に残した。
新STARTの延長はなぜ紛糾したか
2010年に調印された新STARTは2021年2月に失効を迎える予定であった。トランプ政権は在任中、①新STARTを中国を含む三国間条約に拡張すること、②検証メカニズムを強化することを求めてロシアに迫ったが、ロシア・中国の双方がこれに応じなかった。2020年末時点で延長合意は成立せず、2021年1月に発足したバイデン政権が就任直後に5年間の延長で合意したため、条約の失効はかろうじて回避された。
トランプの姿勢は、「既存の核管理を無条件に延長するのではなく、より包括的な新体制を構築する」という理念に基づいていた。しかしその結果、新STARTは失効寸前まで追い込まれ、米ロ核軍縮の制度的継続性は綱渡りの状況に置かれた。この経験は、核軍縮条約が政権交代のたびに見直されうる不安定な存在であることを示した。
北朝鮮との首脳会談は核問題にどのような影響を与えたか
2018年6月、トランプは現職のアメリカ大統領として初めて北朝鮮の最高指導者金正恩と首脳会談をシンガポールで行い、2019年2月にはハノイで、同年6月には板門店でも会談した。これらの会談は北朝鮮の核問題を首脳レベルの直接対話に持ち込む試みとして注目された。共同声明では「朝鮮半島の完全な非核化」が謳われたが、「完全で、検証可能で、不可逆な形での放棄」という国連安保理決議の要件を満たす具体的な合意は形成されなかった。
ハノイ会談は米朝の譲歩内容が噛み合わず決裂し、以降の実質的な非核化交渉は停滞した。北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、核弾頭保有数も推定40発規模まで増加している。トランプの首脳外交は、核問題を国際機関や多国間枠組みから個人的な取引に移す点で異例であったが、制度的な成果を残せなかったことから「核不拡散の枠組みに依存しない交渉」の限界を示す事例ともなった。
トランプの核政策をどう評価するか
トランプの核政策は、①既存の条約体制の欠陥を指摘して再交渉を迫る合理性、②代替枠組みの構築を伴わない離脱による制度的空白の拡大、③個人的な首脳外交への依存、という三つの特徴を持つ。オバマ期に積み重ねられた国際協調路線を大きく修正し、核軍縮の「制度的継続性」よりも「個別交渉による成果追求」を優先したと言える。2025年に第47代大統領として再登板した後の核政策は、米ロ・米中関係や新STARTの後継条約をめぐる交渉にさらに大きな影響を与えることが予想される。核軍縮の歴史におけるトランプの位置づけは、既存体制の機能不全をどう乗り越えるかという現代国際政治の課題を体現している。