オバマ
オバマは核軍縮の歴史にどのような転換をもたらしたか
オバマは第44代アメリカ合衆国大統領であり、核軍縮の分野においては冷戦後の停滞期を再起動させた政治指導者として位置づけられる。2009年のプラハ演説で「核兵器のない世界」という目標を公式に掲げ、同年にはノーベル平和賞を受賞した。2010年には新戦略兵器削減条約(新START)に調印し、2016年には現職米大統領として初めて広島を訪問した。核軍縮の象徴的な出来事を一連の政策として積み上げた。しかし、その政策が「核なき世界」の実現にどれだけ近づいたのかは別問題であり、その後の米ロ関係の悪化や条約体制の崩壊を考えれば、オバマの挑戦は成功と限界の両面から評価される必要がある。
「核なき世界」演説はどのような政策転換を示したか
2009年4月5日、オバマはチェコのプラハで「核兵器のない世界の平和と安全を追求する」と宣言する演説を行った。冷戦終結後のアメリカ大統領が核廃絶を公式目標として掲げた事例は稀であり、この演説は核軍縮の政治的な勢いを取り戻す契機となった。演説の内容は①米国は核なき世界に向けて具体的な措置を取る②その間は核抑止を維持する③他国にも核不拡散の責務を果たすよう求める、という三本柱から構成されていた。この「理想の表明」と「現実の抑止維持」を併置する論理は、核抑止論と核廃絶論の対立を政策上の段階論に落とし込む試みであった。
同年10月、ノーベル平和賞委員会は「国際外交と国家間の協力を強化するための並外れた努力」を理由にオバマへの授賞を決定した。政権発足から1年未満での受賞は異例であり、「業績ではなく期待に対する賞」との批判も受けたが、授賞の背景には核軍縮という国際規範の再興への期待があった。オバマ自身も授賞演説で「私は戦争状態にある国の最高司令官として賞を受ける」と述べ、理想と現実のあいだの緊張を言語化した。
新STARTはどのような条約でありどのような意義を持つか
2010年4月8日、オバマはプラハでロシアのメドベージェフ大統領と新STARTに調印した。この条約は配備済み戦略核弾頭を双方1,550発以下に、配備済みICBM・SLBM・戦略爆撃機を800基以下に制限するものであり、2009年に失効していたSTARTⅠの後継として米ロ核軍縮の空白を埋めた。検証制度として現地査察、データ交換、テレメトリー情報の共有が盛り込まれ、「信頼の制度化」を通じて安全保障のジレンマを緩和する機能を持った。
新STARTの意義は、単なる数的削減にとどまらず、米ロが「核軍縮の手続きを共有し続ける」という外交的枠組みを維持した点にある。2011年に発効したこの条約は10年の有効期限を持ち、2021年にバイデン政権下で5年間延長された。しかし2023年2月にはロシアのプーチン大統領が履行停止を表明し、米ロ核軍縮の最後の柱が揺らぐことになった。オバマの遺産は2020年代の国際情勢のなかで急速に相対化された。
広島訪問はどのような意味を持ったか
2016年5月27日、オバマは伊勢志摩サミット後に広島平和記念公園を訪問し、現職のアメリカ合衆国大統領として初めて被爆地に立った。原爆投下について「謝罪」は行わなかったが、「71年前、空から死が降ってきて、世界が変わった」と語り、核兵器の非人道性に向き合う言葉を残した。この訪問は「核なき世界」演説の系譜に連なる象徴的行為であり、核抑止論と核廃絶論の対立のなかで「被爆の記憶」を国際政治の中心に据え直す役割を果たした。
ただし、広島訪問は核政策の具体的な変更を伴わなかった。オバマ政権は同時期に核兵器近代化計画に巨額の予算を投じており、「理想の言葉」と「現実の核戦力維持」の乖離が指摘された。核軍縮の指導者としてのオバマ像は、この両面性を含めて理解する必要がある。
核セキュリティサミットはどのような狙いを持ったか
オバマ政権は核軍縮と並行して、核物質のテロ組織への流出を防ぐ国際的取り組みとして核セキュリティサミット(Nuclear Security Summit)を主導した。2010年のワシントンを皮切りに、2012年ソウル、2014年ハーグ、2016年ワシントンと計4回開催され、50を超える国と国際機関の首脳級が参加した。核軍縮と核不拡散に加え、「核テロリズム防止」という第三の柱を国際議題に押し上げた点でオバマの核政策は独自性を持つ。このサミットを契機に、各国は高濃縮ウランの低濃縮化や余剰プルトニウムの処理といった具体的措置を進めた。
オバマの核軍縮政策はなぜ十分に継承されなかったか
オバマの核軍縮路線は、国内外の複数の制約によって構造的な限界を抱えていた。①米上院の共和党多数派はCTBT批准を拒み続け、包括的核実験禁止条約は署名から30年近く経ても未発効である。②NATOやアジア同盟国は拡大抑止への依存を維持し、核の傘の縮小に慎重な姿勢を崩さなかった。③ロシアのクリミア併合(2014年)を契機に米ロ関係が悪化し、軍縮交渉の前提となる信頼関係が失われた。これらの要因は、後継政権であるトランプ政権の下で一気に顕在化し、2018年のイラン核合意離脱、2019年のINF全廃条約破棄という形で核軍縮体制の解体を招いた。オバマの挑戦は、核軍縮が単独の指導者の理念では実現しえず、「信頼の制度化」を国際社会全体で維持することの困難さを浮き彫りにした事例として評価される。