第2章 日本の姿

国連海洋法条約

国連海洋法条約

国連海洋法条約とはどのような条約なのか

国連海洋法条約(こくれんかいようほうじょうやく)とは、海洋の利用・管理に関する包括的な国際条約のことである。英語では「United Nations Convention on the Law of the Sea」を略してUNCLOS(アンクロス)と呼ばれる。1982年12月にジャマイカのモンテゴ・ベイで採択され、1994年11月に発効した。全17部・320条と9つの附属書から構成されており、領海・接続水域・排他的経済水域・大陸棚・公海・深海底・海洋環境・海洋科学調査・紛争解決など、海洋に関するほぼすべての事項を網羅している。「海洋の憲法」とも呼ばれるこの条約は、2024年時点で168カ国・地域が批准しており、現代の国際海洋秩序の根幹をなす最重要の国際法文書である。


国連海洋法条約が誕生した背景はどのようなものか

国連海洋法条約の誕生には長い歴史的背景がある。20世紀に入るまで、国際的な海洋法の基本は慣習国際法(各国の慣行や判例の積み重ねによって形成された不文律の法)に頼るしかなかった。1930年のハーグ国際法典化会議で海洋法の成文化が試みられたが失敗に終わった。1958年と1960年に国連の主催で第1次・第2次国連海洋法会議が開催されたが、領海の幅(3海里か12海里か)などについての合意が得られなかった。1960〜70年代には多くの途上国が200海里の漁業水域や天然資源に対する主権的権利を一方的に主張し、先進国との対立が深まった。1970年、国連総会は海底・海底下を「人類の共同財産(Common Heritage of Mankind)」と宣言し、1973年から第3次国連海洋法会議が始まった。9年間・11回にわたる長期交渉の末、1982年に国連海洋法条約が採択された。


国連海洋法条約の主要な規定はどのようなものか

国連海洋法条約の主要な規定は以下の通りである。領海については海岸線から12海里以内を沿岸国の主権的水域とし、外国船舶には無害通航権を認めた。接続水域については12〜24海里の範囲で関税・出入国・衛生・財政上の取り締まりを目的とした管轄権行使を認めた。排他的経済水域(EEZ)については海岸線から200海里以内で天然資源の探査・開発に対する主権的権利を認め、他国の航行・飛行・ケーブル敷設の自由は維持した。大陸棚については沿岸国の陸地の自然な延長として海底の非生物資源(石油・天然ガス・鉱物)に対する主権的権利を認め、最大350海里まで拡張できる場合があることを規定した。公海については「公海の自由」(航行・漁業・上空飛行・ケーブル敷設・科学調査などの自由)を維持しつつ、漁業資源の保全義務も規定した。深海底については国際海底機構(ISA)を設立して「人類の共同財産」として国際管理することを定めた。


日本と国連海洋法条約の関係はどのようなものか

日本は1982年に国連海洋法条約に署名し、1996年に批准した。批准に際して関連する国内法を整備し、「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(1996年)・「領海及び接続水域に関する法律」などを制定・改正した。国連海洋法条約の批准によって、日本のEEZは正式に国際法上の根拠を持つこととなり、約447万平方キロメートルに及ぶ広大な海洋域での資源管理・海洋調査・環境保護の活動に法的根拠が与えられた。また大陸棚の延長申請についても、日本は2008年に国際海底機構への申請を行い、一部海域での大陸棚の延長が認められた。一方、中国・韓国との海洋境界の画定問題については国連海洋法条約の枠組みの中での交渉・仲裁が試みられているが、完全な解決には至っていない。日本は国連海洋法条約が定める紛争解決手続き(国際海洋法裁判所・仲裁裁判など)を活用しており、国際法に基づく海洋紛争の平和的解決を基本方針としている。


国連海洋法条約の紛争解決機能はどのようなものか

国連海洋法条約の重要な特徴の一つは、海洋に関する紛争を解決するための強制的な手続きを設けていることである。条約は紛争当事国が合意できない場合に適用される強制的な紛争解決手続きとして、①国際海洋法裁判所(ITLOS、ハンブルク)、②国際司法裁判所(ICJ)、③仲裁裁判所(UNCLOS附属書VII)、④特別仲裁裁判所(同附属書VIII)の4つの選択肢を用意している。これらの手続きは当事国が合意した場合だけでなく、一方当事国が提訴すれば相手方が合意しなくても手続きが開始されるという「強制管轄権」を一定程度持つことが特徴である。フィリピンが中国の南シナ海における行動を国連海洋法条約違反として2013年に仲裁裁判所に一方的に提訴し、2016年に中国の主張の多くを否定する仲裁判断が下された事例は、この強制的紛争解決機能の実例として注目された。ただし中国は判断を受け入れず、強制執行の手段も限られているため、紛争解決機能の実効性には限界もある。


発展:国連海洋法条約の現代的課題はどのようなものか

国連海洋法条約は1982年の採択から40年以上が経過し、様々な現代的課題に直面している。第1にアメリカが批准していない問題がある。アメリカは1994年に条約に署名したが、上院が批准を承認していないため正式な当事国ではない。アメリカは条約の多くの規定を慣習国際法として認めているが、深海底資源の国際管理規定(第11部)に異議を唱えており、これが批准の障壁となっている。アメリカが批准していないことは国際海洋秩序の実効性に影響を与えている。第2に気候変動・海洋環境問題がある。1982年当時には想定されていなかった海面上昇による基線の変化・サンゴ礁の消失による島嶼の水没などに対して、既存の条約規定をどう適用するかという法的課題が生じている。第3に深海底資源の商業開発問題がある。国際海底機構(ISA)が深海底採掘の国際規制(規則)策定を進めているが、環境保護と商業利用の間の利害調整は難航している。2023年にはカナダの会社(TMC)が深海底採掘の商業申請を行うなど、問題の具体化が進んでいる。


国連海洋法条約の成立過程はどのようなものか

国連海洋法条約(UNCLOS)の成立は長期にわたる国際交渉の産物である。第1回国連海洋法会議は1958年にジュネーブで開催され、領海条約・公海条約・大陸棚条約・漁業条約の4つの条約が採択された。しかし領海の幅・漁業水域の範囲などについて合意に達しない部分が多く残った。

1960年の第2回会議でも領海の幅などについて合意できず、1973年から第3回会議(UNCLOS III)が始まった。第3回会議は1973年から9年間・11会期にわたる世界史上最長の多国間外交交渉となり、1982年に最終的な条約テキストが採択された。採択には130カ国以上が賛成し、反対は4カ国(米国・イスラエル・トルコ・ベネズエラ)だった。

条約は1994年11月16日に発効したが、アメリカは現在に至るまで批准していない。アメリカが批准を拒む主な理由は「第11部(深海底資源の国際管理)がアメリカの民間企業の採掘権益を制限する」というものであった。1994年の「実施協定」で第11部が大幅に修正されたが、アメリカ上院が批准に必要な3分の2の賛成を得られず、現在もUNCLOS非批准国のままとなっている。


国連海洋法条約と深海底資源の管理はどのようなものか

国連海洋法条約は深海底(国家管轄権外の海底)を「人類の共同財産(Common Heritage of Mankind)」と位置づけ、国際海底機構(ISA、本部:ジャマイカのキングストン)が管理・規制する枠組みを設けている。ISAは加盟国に探査・採掘ライセンスを発行し、採掘から得られる利益を各国に分配する制度を持つ。

深海底には多金属性酸化物(マンガン団塊)・熱水鉱床(コバルトリッチクラスト)・コバルトリッチクラストなどの鉱物資源が豊富に存在することが知られている。特にコバルト・ニッケル・銅・亜鉛・希土類元素(レアアース)は電気自動車・電池・電子機器の製造に不可欠で、陸上資源の枯渇が懸念される中で深海底資源への関心が高まっている。

2023年にナミビア・パラオなど複数の島嶼国が「深海底採掘の一時停止(モラトリアム)」を主張し、環境保護の観点から採掘を急ぐべきでないと訴えた。深海底生態系(深海底に生息する特殊な生物群)は採掘による破壊から回復するのに数百年かかるとされており、経済的利益と生態系保全のバランスをめぐる国際的な議論が続いている。


国連海洋法条約の現代的課題と日本の対応はどのようなものか

国連海洋法条約の現代的課題として最も注目されるのは「国家管轄権外区域の生物多様性(BBNJ)条約」問題である。UNCLOSは公海・深海底の鉱物資源については規定しているが、生物資源(遺伝資源・生物多様性)の保護・利用については不十分な規定しかない。この「抜け穴」を補完するBBNJ条約の交渉が2010年代から続き、2023年に「公海条約」として採択された。

南シナ海問題はUNCLOSの実効性をめぐる最大の試験場となっている。中国が「九段線」に基づいてUNCLOS上認められない権利を主張し、2016年の仲裁裁判所判決でこの主張が否定されたにもかかわらず無視し続けていることは、国際的な海洋法秩序に深刻な影響を与えている。日本はASEAN諸国とともにUNCLOSに基づく法秩序の維持を支持する立場を表明している。

日本はUNCLOSの積極的な支持国として、国際海底機構(ISA)・国際海洋法裁判所(ITLOS)への参加・支援を行っている。ITLOSは1996年にハンブルク(ドイツ)に設置された専門裁判所であり、日本は2001〜2011年に赤根智子(あかねともこ)判事を送り込んでいる。日本はUNCLOSを「海洋国家日本の国益を守る基盤」として位置づけており、アメリカのUNCLOS批准を継続的に求めている。


国連海洋法条約の締約国と適用状況はどのようなものか

国連海洋法条約は2024年現在、169カ国・地域が締約している。ただし世界最大の経済力・海軍力を持つアメリカが批准していないことは、条約の実効性に影響を与えている。アメリカは条約の多くを「慣習国際法として尊重する」としているが、条約の強制的な紛争解決メカニズム(仲裁・司法)には拘束されない立場をとる。

中国は1996年に国連海洋法条約を批准しているが、南シナ海での一方的な「九段線」権利主張・人工島建設・航行妨害行為は、条約に基づいて2016年に下された仲裁裁判所判決を無効と宣言して無視し続けており、条約遵守の問題として国際社会から批判されている。

国連海洋法条約の紛争解決機関として、国際海洋法裁判所(ITLOS、ハンブルク)・国際司法裁判所(ICJ、ハーグ)・仲裁裁判所(常設仲裁裁判所・UNCLOS附属書VII仲裁)の3つが用意されている。締約国はどの機関に訴えるかを選択でき、相手国が拒否した場合は附属書VII仲裁が強制的に適用される。2016年の南シナ海仲裁はこの強制仲裁の手続きが使われた事例である。


国連海洋法条約と気候変動・環境問題の関係はどのようなものか

国連海洋法条約の採択(1982年)当時には想定されていなかった気候変動問題が、現在では条約の解釈・適用に大きな影響を与えている。海面上昇によって一部の低平な島嶼(太平洋の島嶼国)が水没する可能性があるが、「島が消えた場合のEEZはどうなるか」という問題については条約に規定がない。2022年に国際法委員会(ILC)が「島の水没はEEZに影響しない」という予備的見解を示したが、最終的な国際法上の解決には至っていない。

海洋酸性化(大気中のCO2が海に溶け込んでpHが低下する現象)はサンゴ礁・貝類・プランクトンの生態系を破壊しており、これは沿岸国の生物資源主権(EEZ内の生物資源への主権的権利)に直接影響する問題である。国連海洋法条約は「海洋環境の保護・保全」を規定しているが(第12部)、CO2排出の規制は条約の対象外であり、気候条約(パリ協定など)との連携が課題となっている。

海洋プラスチック汚染も現代の海洋法の課題である。世界の海洋には推定1億5000万トン以上のプラスチックが蓄積されており、毎年800万トン以上が新たに流入していると推計される。プラスチック汚染は特定の排出源を特定しにくく、国連海洋法条約の「汚染防止義務」をどの国に適用するかが難しい問題となっている。2022年の国連環境会議(UNEA)で「プラスチック汚染終結に向けた国際条約」の策定が合意され、2024年末の合意を目指して交渉が進められた。


国連海洋法条約(UNCLOS)の採択を主導した第3次国連海洋法会議(UNCLOS III)は、1973〜1982年の9年間・11会期・約150カ国が参加した史上最長・最大の多国間外交交渉であった。会議の最大の争点は「深海底の鉱物資源の管理・利益配分」「排他的経済水域の幅(12海里vs200海里)」「軍艦の通航権」の三点であった。妥協の積み重ねの末に1982年4月30日に条約テキストが採択された際、反対票4・棄権17という結果は「先進国の一部が深海底資源管理への不満から反対・棄権した」構造を示している。


日本は国連海洋法条約に関連する国内法として「海洋基本法」(2007年)・「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(1996年)・「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」・「水産資源保護法」など多数の法律を整備している。「海洋基本計画」は5年ごとに策定される政府の海洋政策の基本文書であり、2023年に策定された第4期海洋基本計画では「海洋安全保障の強化」「深海底資源開発の推進」「気候変動への対応」が重点課題として挙げられている。


国連海洋法条約の普及と課題

国連海洋法条約は現在160か国以上が批准しており、海洋秩序の基本的な法的枠組みとして機能している。条約の批准国は大陸棚や排他的経済水域に関する権利が保障される一方、他国の権利も尊重する義務を負う。条約では紛争解決手続きとして国際海洋法裁判所や国際司法裁判所への付託が定められており、海洋をめぐる国家間の紛争を平和的に解決する仕組みが整えられている。近年は深海底開発や気候変動による海面上昇、海洋プラスチック問題など、条約制定当時には想定されていなかった新たな課題にどう対応するかが国際社会の課題となっている。

監修者 taisa68
最終更新日 2026-04-28