第1章 社会を作る私たち

01_生涯における青年期の意義

資料集

生涯における青年期の意義

人間とは何か

私たち「人間」はどのように説明されてきたのだろうか?

 古代ギリシア神話:人間は

  不死である神々に対し、死という終わりがある存在

 キリスト教的人間観:人間は

  人間は神によって、神自身の姿に似せて創造された

 生物学的人間観:

  スウェーデンの生物学者による分類

  →人間の特質は知性にある 

   e.g.文化

  cf.~「

  cf.~人間をを介して世界を理解する存在として捉える

  cf.~人間の特質はであるとした

   全宇宙から見れば葦のようにか弱い、悲惨な存在

   自らがそのような存在であると考えているからこそ、偉大であると捉える

    不安定で矛盾を抱えた中間的な存在()であるとも捉える

    他にも による命名

        による命名

 「人間とは何か?」という問いには様々な答えがある

  →「『私』とは何だろうか?」

 社会的存在としての人間

  ~人間を「」と捉える

  ~人間を「」と捉える



ライフサイクルと青年期

私たちの一生において、青年期はどのような時期なのだろうか?

 人の一生:乳幼児から始まり、次第に成長を遂げて、老年期に及ぶ

  にはさまざまながある

   は心身ともに急激に変化する時期

    身長や体重の増加に加え、体つきがそれぞれの性に対応する形で発達

     =

   cf.:社会的な性差

  からへの過渡期

   が確立されて人格が徐々に形成される

   身体と精神の成熟の度合いにはズレがあり、心の揺らぎのある不安定な時期でもある

   優越感と劣等感が交互に訪れる


青年期の出現

近代社会において、青年期はどのような時期なのだろうか?

 近代以前の社会:生まれつき身分や職業が決まっている社会 

  →子どもから大人へ 

   cf.~「<子供>の誕生」

    中世の子どもは「」とみなされていた

    近代的な学校制度の成立に伴って「子ども」が誕生

     1884年のの絵には子ども服が描かれている
 

  e.g.宮参り、七五三、成人式、婚礼など cf.バンジージャンプ~バヌアツの通過儀礼

 近代社会:近代産業社会

  →知識技能を身に付けて社会生活を送るための一定の学習期間が必要に

   青年期がその準備期間として位置づけられる

  この時期、性的に成熟した個人は、親密さを築くための心理・性的な能力や、親となるための心理・社会的なレディネスを、多かれ少なかれ保留される。この期間を心理・社会的モラトリアムと捉えることができ、この期間に個人は、自由な役割実験を通して、社会のある特定の場所に適所(ニッチ)を見つける。
[E.H.エリクソン(西平直・中島由恵訳)『アイデンティティとライフサイクル』誠信書房]

   「心~アメリカの心理学者エよる命名

    社会や文化が青年に許容している役割実験の時期~「

     知識や技術の高度化に伴って、モラトリアムが延長される傾向がある

  ※近年、第二次性徴の出現が早まるがみられる


 モラトリアム心理の変化

  古典的モラトリアム心理

   ①半人前意識と自立への渇望  ②真剣かつ深刻な自己探求

   ③局外者意識と歴史的・時間的展望  ④禁欲主義とフラストレーション

   ↓

  新たなモラトリアム心理[小此木啓吾『モラトリアム人間の時代』中央公論社]

   ①まだいかなる職業的役割も獲得していない

   ②すべての社会的関わりを暫定的・一時的なものとみなしている

   ③本当の自分はこれから先の未来に実現されるはずで、現在の自分は仮のものにすぎないと考えている

   ④すべての価値観、思想から自由で、どのような自己選択もこれから先に延期されている

   ⑤すべての社会的出来事に当事者意識をもたず、お客さま意識しかもとうとしない

    はこのような人間をと呼んだ

     「新しいモラトリアム心理」の特徴:いつまでもモラトリアムを維持しようとする



第二の誕生

私たちはどのように「私」たりえるのだろうか?

 青年期における心の変化:自分をより強く意識するようになる

  →のめざめ 

   cf.~「

   親や社会の価値観に否定的となり、を迎える

    ~「

   親から精神的に自立する「」をめざす 

    cf.

    成功によって、自信を深め、失敗や挫折による自信喪失や劣等感も体験

    自分を理解してくれない周囲に対して、孤独感を感じる

 「自分とは、どのような人間であるか」

  →を作っていく

 「青年」はもはや「子ども」ではないが、いまだに「大人」でもない

  ドイツの心理学者と名付ける

   いずれの集団にも安定した帰属意識をもてないうえ、心理的動揺を経験しやすい

  わたしたちは、いわば、二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために。はじめは人間に生まれ、つぎには男性か女性に生まれる。……思春期にいたるまでは……女の子も子どもだし、男の子も子どもだ。……男子は……自然によって定められた時期にそこからぬけだす。そして、この危機の時代は、かなり短いとはいえ、長く将来に影響をおよぼす。……目が口以上にものを言うことをかれはもう知っているのだ。かれは目を伏せたり、顔を赤らめたりすることができるようになる。なにを感じているのかまだわからないのに、それに感じやすくなる。理由もないのに落ち着かない気持ちになる。……これがわたしのいう第二の誕生である。
[ルソー(今野一雄訳)『エミール』岩波書店]

  「疾:アメリカの心理学者ホよる呼称